ミー子

古い住宅やアパートの密集するせまい路地を抜けて、帰り道を急いでいると、駐車してある車の上にコトンと飛び乗ったのはミー子だった。ミー子は身体つきからみてまだ若い。ブルーがかったシマシマ模様をしている。私はしゃがみこんだ。ミー子は近づき、私に身体をすり寄せてきた。身体を優しく撫でると、ミー子の息遣いがどんどん深くなっていくのが分かった。小さな頭をごしごしとやると気持ちが良いらしく、ミー子は安心しきったように私に身体を委ねてきた。ミー子の甘えん坊ぶりが私には心地よかった。
だが、私は帰らねばならなかった。私はすくっと立ち上がると、ミー子を振りきって歩きはじめた。
その時……。
ミー子は歩き出した私を追いかけて前にまわりこむと、数歩先のところで立ちどまってゴロンと寝転がったのである。そして私に訴えかけるかのように、地面に背中を擦りつけはじめたのである。
「ミー子!」
私は叫んだ。もう帰ることなんてどうでもよかった。私はミー子の腹をさすり、ミー子はうれしそうな表情で私の顔を見つめた。ちょうど電灯の下だったので、ミー子の顔が、暗闇のなかでぼんやりと照らし出された。面長でつりあがった眼のその顔はお世辞にも美人だとはいえなかったが、しかし一方で、不思議な親愛の情が込み上げてくるのを、私は感じずにはいられなかった。その瞬間、私たちはたがいを深く理解し、魂を交流しあい、心から癒しをあたえあったのだ。*1

*1:風俗嬢との体験を寓話的に書いているわけではないので、念のため。