成瀬巳喜男『二人妻 妻よ薔薇のやうに』(1935)

フィルムセンターの特集企画。『二人妻 妻よ薔薇のやうに』(1935)。出演、千葉早智子英百合子丸山定夫、伊藤智子、藤原釜足

二人妻 妻よ薔薇のやうに(74分・35mm・白黒)
歌人の妻と、その妻のもとを逃げ出して愛人宅に住みながら砂金掘りに熱中する男。そしてその男に献身的に尽くす愛人。三者三様の立場を一人娘(千葉)の視点から描いた本作は、キネマ旬報ベストテンの第1位に選ばれた傑作。なお、本作はアメリカで初めて一般商業上映された日本映画でもある。
’35(P.C.L.映画製作所)(原)中野實(脚)成瀬巳喜男(撮)鈴木博(美)久保一雄(音)伊藤昇(出)千葉早智子英百合子、伊藤智子、堀越節子、細川ちか子、丸山定夫、大川平八郎、伊東薫、藤原釜足

戦前の映画であるが、映像や主題の感覚がとても都会的で、古さをまったく感じない。例によって、双葉十三郎の寸評を引いておこう。

 新派の舞台劇「二人妻」(作・中野実)を映画化したもの。女流歌人の妻(伊藤智子[トシコ])がいながら砂金さがしに出奔し、芸者あがりの女(英百合子)と暮らしている夫(丸山定夫)。娘(千葉早智子)は父を連れ帰りに行くが、愛人の人柄にうたれてしまう。成瀬巳喜男監督は人と人の心理のからみあいに、他人には真似のできないこまかい技をみせる人で、この作品でも四者四様の心ばえを素直に描いていて印象に残った。千葉早智子が自然でとてもよかった。☆☆☆★★

「他人には真似のできないこまかい技をみせる人で…」とあるのは、その通り。しかし、双葉さんのまとめだと少しさっぱりしすぎているかな、と思ってしまうのは、「人と人の心理のからみあい」を描くときの客観的視点の取り方に、ちょっとした冷徹さを感じるせいだろう。
凡庸な作品だったら、夫に逃げられた妻を悲劇的に描くか、あるいは貧しく厳しい境遇におかれた妾の悲哀を描くかするところなのだが、この映画では、娘の視点からそれぞれの現実の動かしがたさが観察される。それはまさしく「観察」というべき視線であり、この冷たい視線によって観客は、「善/悪」「幸/不幸」の二元的図式におさまらない、現実のやっかいさを了解することになるのである。しかも娘の千葉早智子は、とっても明るい女性。明るいから、現実を曇りなく眺めるだけの余裕があるというのは、設定上うまい工夫だと思った。