成瀬巳喜男『乱れる』(1964)

またしても傑作。

乱れる(98分・35mm・白黒)
夫の遺した酒屋を20年も守ってきた寡婦(高峰)が、帰郷した義弟(加山)に恋心を打ち明けられて動揺し、家を出てゆく。衝撃のラストを含めて見どころが多いが、とりわけ夜行列車のシーンの、義弟が席を変えながら徐々に兄嫁に近づいてゆく演出に緊張感がみなぎる。
’64(東宝)(脚)松山善三(撮)安本淳(美)中古智(音)斉藤一郎(出)高峰秀子加山雄三草笛光子白川由美浜美枝三益愛子藤木悠北村和夫、十朱久雄、浦辺粂子、柳谷寛、佐田豊、中山豊、矢吹寿子、中北千枝子

音の演出。冒頭、郊外ののどかな路上を走る宣伝カーからは、舟木一夫の「高校三年生」が流れている。平穏な光景。しかし、その宣伝をしているスーパーマーケットは、地元商店の人々の暮らしを脅かす存在になりつつあるのだ。平穏でのどかなメロディーはいつしか、無遠慮で、神経にさわるノイズとなっている。酒屋の使用人のバイクは、エンジン音で対抗するが、力ははるかに及ばない。
夜行列車における演出。加山から恋心を打ち明けられ、動転する高峰。義理の妹たちの企てを受け入れて、18年間、力を注ぎ込みつづけてきた店を去る決意を固める。山形の新庄へと向かう高峰。しかし、義弟は高峰を追って、同じ列車に乗る。疾走する列車。甘えた様子も見せつつ、高峰の席に近づいてく義弟。時間の経過と、緊張を強いる場所からしだいに遠ざかっていく距離とが、二人の心理的なこわばりを解いてゆく。同時にそれは、高峰の寡婦としての18年間の生活を客観化させる「時間」であり、「距離」でもある。また、高峰のこだわりが溶解してゆくまさにその時に、義弟の加山は、すべてを捨てる若者らしい大胆さを発揮するわけだ。幸福の予感が増してゆく。
それだけにラストシーンは、ショックが大きい。最後の数カットは、高峰の渾身の演技だった。