「国民の期待」

内藤というボクサーの言語感覚は大変鋭い。「国民の期待」っていうのが良いね。

世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチで初防衛を果たすとともに、亀田大に黒星をつけた内藤は「亀田に勝ったという結果を素直に喜びたい。前回のポンサクレックと比べると全然弱かった」と語った。亀田が「負けたら切腹する」などと発言し、戦前からヒートアップした因縁の対決に「内藤が勝つといわれ、プレッシャーでできはよくなかった。亀田に黒星をつけたことで、国民の期待に応えたと思う」と勝利の喜びをかみしめた。(産経新聞

ポストモダンの平成の御代、価値序列はすべてフラット化し、小泉ネオリベラリズムが席捲を極めた。強い者が勝ち、弱い者が負ける。金を持ってる奴が偉くて、貧乏な奴は自己責任。視聴率至上主義のTBSに、やくざ一家亀田が便乗。
そんな俗悪さに辟易する中、「国民」というアナクロボキャブラリーに、改めて見直されるべき価値や魅力が宿った。内藤は「国民の期待」に見事応えて、反ネオリベ(=市民主義的コーポラティズム)というオルタナティブを示したのだ。あっぱれ。