津村記久子『ポトスライムの舟』

舞台は奈良。のっぺりした郊外都市には違いないのだが、ちょっと歩けば興福寺の国宝館で阿修羅像を拝むこともできるという、何ともいえない自足感が作品世界にマッチしている。主人公は30歳くらいの工場勤めの女性。日常には息が詰まるし、将来も見えないが、ディプレッシヴな生活をちまちま刻んでいくなかにもしかすると何かがあるかもしれない、という控えめな希望の抱き方がリアルに感じられた。恵那ちゃんのキャラがやや不明瞭だが、ナガセの地味さはとても気に入った(そよ乃、りつ子らとの対照もよい)。

たぶん自分は先週、こみ上げるように働きたくなくなったのだろうと他人事のように思う。工場の給料日があった。弁当を食べながら、いつも通りの薄給の明細を見て、おかしくなってしまったようだ。『時間を金で売っているような気がする』というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身ではなく、自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。

ポトスライムの舟

ポトスライムの舟