ヴァントの第九

風邪がなおらず、持病の口内炎・舌炎が口中に出来ている。
こんな真夏に誰も聴いている人はいないと思うが、数日前から何となく聴きたい気分だったベートーベン第9番を、1986年のヴァントの指揮で聴いた。750円でゲットしたので。本当は冬の晴れた日に外を散歩しながら聴くのが一番よいと思うのだが、しかし夏に聴いたからといって名曲であることには違いがない。私はこれまでベームとかカラヤンとかフルトヴェングラーとかで聴いていたのだけれど、ヴァントのはそのなかでも最もといってよいくらい高い水準に達していると思った。もしかすると私の経験値があがって、曲の細部に対する感受性のレベルが増しているのかもしれないが、でも第3章から第4章にかけてのところなんて、へえ、こんな曲だったのか、なるほど、と納得する部分ばかりで、まるで初めて聴くときのような印象さえ持ったのだった。第9番はエキゾチックというか、極端に変わった音楽なので、年に聴きたい気分になるのはせいぜい3回くらいが良いところだが、その原因のひとつには、第9のもっているテンションの高さがある。尋常ではない高揚感が指揮者や演奏者に乗りうつり、聴く側も大興奮に巻き込まれることへの心の準備が必要になるのである。フルトヴェングラーなんてまったくその典型例だが、ヴァントの演奏はそれとはちょっと違っているような感じがする。純粋音楽というか、音同士の軋み合いがもたらす即物的な美しさ、といった部分が堪能できるので、もちろん興奮も沸いてくるけれど、むしろ通常のクラシック音楽の延長上での鑑賞が可能であるように思う*1。素晴らしい。おすすめ。

*1:フルトヴェングラーのように、第9特有の人間的メッセージを肉感させる超絶的演奏もまた良いのですが。