『キリスト教は邪教です!』

ニーチェの『アンチクリスト』の大胆な現代語訳。肩のこらない読み物に仕上がっており、するすると快読できた。カントをぼろくそに言っているところなんて、うなずきつつも思わず笑ってしまう。

 カントの考え方と自然界の法則は正反対です。
 人間はそれぞれ「自分の道徳」を自分で発見していくのが自然なのです。
 高いところから見下ろした、抽象的で、一般的な「道徳」などというものはどこにもありません。(…)
 こういった、カントの持っている危険思想というか、非常に危ないところをこれまで誰も指摘してきませんでした。これは大きな問題です。
 人間の本能は、ある行動が正しいかどうかを、それが気持ちのいいことかどうかで判断します。
 しかし、キリスト教の本能を持つカントは「快楽」を曲解するのです。
 これではお話になりません。カントというのは本当にタチが悪い犯罪者なのです。同じ時代に活躍していた大作家のゲーテも草葉の陰で鳴いていることでしょう。こういったレベルの低い輩が、いまだに哲学者などといって世間で通用していることに、私はただ驚くしかありません。(30−31)

カントがキリスト教の本能を持っている、というのはたしかに当たっていて、この罵倒も半面の真実を衝いているのは間違いないところだろう。ただし、「理性の限界」を設定したカントの哲学的功績によって近代科学の発展が実現したことを考えれば、キリスト教の内部にも真理探究への萌芽があったということもできるので、その点、ニーチェがフェアであるかどうかは疑わしい部分もある(ニーチェは同時に、キリスト教が科学を否定してきたことについても罵倒しているので)。
なお、キリスト教はこき下ろされているけれど、イエス本人は「アナーキスト」だとされていて、評価しているのかそうでないのか、若干あいまいに感じた。田川健三さんの本でいえば、イエスは「逆説的反抗者」ということだし、ニーチェの嫌うような、自己弁護的な妄想体系を作り出す人物像とはだいぶ違うのだけれど…。

キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)

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