成瀬巳喜男『放浪記』(1962)

成瀬巳喜男監督作品、高峰秀子主演。成瀬映画の原作としてよく取り上げられる林芙美子だが、その自伝的小説をもとにした映画である。

放浪記(123分・35mm・白黒)
文壇の脚光を浴びるまでの、苦闘の生活を描いた林芙美子の自伝的小説は本作が3度目の映画化だが、今回は東宝演劇の菊田一夫版もベースになっている。奔放な生き方を望み、カフェで働きながらひたすら書き続ける“ふみ子”を、高峰秀子はあえて誇張した演技で表現した。
’62(宝塚映画)(原)林芙美子菊田一夫(脚)井手俊郎田中澄江(撮)安本淳(美)中古智(音)古関裕爾(出)高峰秀子田中絹代宝田明加東大介小林桂樹草笛光子仲谷昇伊藤雄之助多々良純、織田政雄、加藤武飯田蝶子

成瀬映画には、短編小説的な小品と、長編小説的な大河ドラマがあるが、この作品は後者に属する。私としては小品のあっさりとした仕上げの妙を味わうのが好きだけれど、こういうのもまあアリかしら。なにより高峰秀子の演技がハマっている。
『あんた、お腹が空いたでしょう?』というセリフがとくに印象的だった。空腹などの生理的欲求を出発点として文学が成立しうるか、といえば、成立するに決まっているのだけれど、なかなかそういうものとしては文学が認められない時代である。でも、そういうところをちゃんと見てこそ、文学のなかに真実がふくまれるのだろう。って、林芙美子の作品は、読んだことがないのだけれど。
とにかく、あの鼻にかかった声で『お腹が空いたでしょう?」と言われると、そりゃお腹が減ったんだから食べなきゃ仕方がないよな、という気分にさせられる。いわゆる「文士」のイメージとちょっと外れたところに、林芙美子の実像を探りあてようとしたのか(していないのか)はわからないけれど、そういう多層的な生活のリアリティが「大河ドラマ」風に描かれており、高峰秀子はそれを素晴らしく演じきっていた。朗読もうまい。