新藤兼人『ある映画監督の生涯 私家版』(1975)

誰しもが、幸せな人生を送りたい、と願う。だが、たとえ不幸せな人生であったとしても、その人生に意味や価値がなくなるわけではない。あるいは、真相はこうであるかもしれない。つまり、人生の意味・価値をまじめに追求すればするほど、人は不幸な人生を送るしかないのかもしれない。この映画は、関係者へのインタビューを中心に構成された、溝口健二監督の評伝ドキュメンタリー。深く共感し、また感動した。
こう言ってしまうと当たり前なのだが、溝口監督は複雑な人であった。その人物像については、39人へのインタビュー総体から浮びあがってくる。
酒飲み。女たらし(27歳の時、娼婦と情痴事件を起こし、背中を切られた)。ロマンティスト。権威主義。神経質(妻は精神を病み、ついに治癒しなかった)。内省的。厳格・苛烈(人を極限まで追い詰めた。この点はほぼすべての俳優が証言している)。温厚(という声もあるが、田中絹代はやはり「暴言を吐かれた」と証言している)。完璧主義(そして、自分が理解できない題材に対してはあからさまに苛立ち、子供のようにうろたえたという)。
恋愛の噂された田中絹代の語った言葉が、とりわけ印象的だった。詳しくは述べない。ただ、二人の間の微妙な距離感のなかに、溝口の田中へのあこがれの純粋さ(純粋であるが故に近づけない)、田中の溝口にたいする敬愛の深さ(理解が深いが故に恋愛にはならなかった)、の両方を感じとることができた。これは感動的なことである。
溝口健二は58歳で病死する。幸せな晩年ではなかったという人もいる。自己に対する余りの厳しさが(それは、他人にも、とばっちりを食わせるものだった)、素朴な意味での幸福をもたらさなかったのかもしれない。だが、その生が明らかに意味ある生であったことは、数々のインタビューから強烈に伝わってくる。ただ厳粛に肯定されるべき人生とは、このような人生なのだろうと思う。
今秋のフィルムセンターは溝口特集なので、その際、もう一度上映されるらしい。ぜひご覧になるべきだ。必見。

監督・脚本、新藤兼人。撮影、三宅義行。出演、田中絹代依田義賢入江たか子永田雅一香川京子山田五十鈴京マチ子伊藤大輔宮川一夫増村保造浦辺粂子木暮実千代若尾文子ほか。