網野善彦と鶴見俊輔

『歴史の話』(朝日新聞社)。プラグマティストたる鶴見が、対象を図式的に把握することの問題性を近代日本への批判と絡めて論じるとき、アカデミックな歴史学との対決を通じて(人間理性からの)解放的関心に基づく中世史を構想してきた網野の問題意識が、そこに重なり合い、共振しあう。学ぶところの多い対談。おすすめ。以下、メモ。

……一方で国際人のほうからいうと、源流にいるのが新渡戸稲造ですね。アメリカからドイツに行って勉強して、ドイツの地方学(じかたがく)というものを日本に入れるんです。柳田国男に地方学を教えたのは新渡戸稲造です。……これは柳田国男にとってものすごいヒントなんですね。柳田は「郷土会」をつくるときに、近衛文麿を担いで、顧問格に新渡戸稲造を置いて、書記は牧口常三郎ですよ。/…上のほうから下がってくる地方学と、逆に宮本常一は、農村で、小学校の先生で、ずっとやってきて渋澤敬三と結びつくわけですね。(67)

日本における民際学の誕生という点からいうと、新渡戸、柳田の線も大きく働くんですが、宮本常一、渋澤敬三、松本信広、岡正雄石田英一郎というのは、からみながら対抗していくダイナミクスがあるでしょう。この系譜は面白いですよ。(69)

鶴見の発言。面白い。もう一つ。

私は「烏合の衆」を思想上の強さのバネにしたいと思っているんです。……前衛の絶対的な正しさというものへの信仰を、なるべく持ちたくない。前衛というのがあって、それは絶対的に正しくて、遅れた大衆を引っ張っていくんだという立場に立ちたくない。……
「天に代わりて不義を討つ」というのは、日露戦争のときの歌でしょう。私はそれよりも「吾は官軍我が敵は/天地容れざる朝敵ぞ/敵の大将たる者は/古今無双の英雄で/これに従う兵は/共に剽悍決死の士」という、敵を最大美化する西南の役のときの軍歌のほうが素晴らしい。(18)

この鶴見の発言は、「百姓が農業民であり、それゆえ年貢率の高さは権力層による民衆収奪の証なのだ」との通説に対抗する網野の認識とも、共通するものがある。ある、でしょ?

歴史の話 (朝日選書)

歴史の話 (朝日選書)

歴史の話

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