チャン・イーモウ『紅いコーリャン』(1987)

1987/西安映画/91分
監督:チャン・イーモウ(張藝謀)/出演:鞏俐、姜文
○88ベルリン映画祭グランプリ ○88金鶏奨作品賞
○89百花奨作品賞 ○キネ旬3位
◇張藝謀の第1回監督作品。鞏俐のデビュー作。ダイナミックな映像美は圧巻。

映画はもうすぐ終了になる三百人劇場の中国映画特集。傑作だった。
コーリャン畑をそよぐ風の表現がすばらしい。また赤や青の原色の効果が鮮烈だ。
自然の美しさがこの映画にとって本質的な重要性を帯びるのは、ここで描かれる人々の生の有り様が、自然の混沌そのものであり、またそうであるがゆえの美しさを伴っているからである。したがって日本的な情緒性をこの映画の鑑賞に持ち込むことは、もっとも避けるべき鑑賞態度といえる。
「祖父」の前夫殺しの原罪は軽々しく乗り越えられる(名酒が出来上がるという事実性によって)。家業を継いだ「祖母」も同じ意味で清廉だとはいえない。情緒的には共感しがたいこうした汚点が、それでも生の肯定となりうるのは、有為転変を孕む自然に翻弄される人間の生活がそのようなものとして自明視され、受容されているからである。
だから日本兵の暴虐非道、それに対する中国民衆の怒りにもかかわらず、この映画は戦争映画ではない。一家を悲惨に追いやった戦争ではあっても、そこで回復されるべき民族の誇りは、戦争でなくとも失われうる性質のものだ(戦争は自然災害のようなものとして受け止められている)。そのようなタフな生活観なしに、あのような果敢な反撃はそもそも可能ではない(少なくとも日本人だとズブズブと悲しみに浸っているだけだろう)。
日々の生活を支える骨太な誇りは、人間同士の瑣末な感情的齟齬を超え、存在している。その大いなるものが、人間を包む自然のなかに表現されている*1。そしてその自然がきわめて美しい。必見です。
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*1:孫によって語られるナレーション自体が、世代を超えて受け継がれる伝承の永続性を指し示している。