黒澤明『天国と地獄』(1963)
大・大・大傑作。これは観ないともったいない。
(143分・35mm・パートカラー)黒澤=中井の黄金コンビによるサスペンスに満ちた誘拐劇。身代金が受け渡される特急「こだま」のシーンでは、スクリーン・プロセスを使わず実際に列車を貸しきり、8台のキャメラが動員された。現像処理で煙突の煙をピンク色に染める効果は絶賛されたが、中井は「課題が残る」と満足しなかった。
’63(黒沢プロ=東宝)(撮)中井朝一、齊藤孝雄(監)(脚)黒澤明(原)エド・マクベイン(脚)小国英雄、菊島隆三、久板榮二郎(美)村木与四郎(音)佐藤勝(出)三船敏郎、仲代達矢、香川京子、三橋達也、木村功、石山健二郎、加藤武、志村喬、田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助、山崎努、千秋実、東野英治郎
「外国ダネの原作はあっても四人がかり(小国英雄、菊島隆三、久板榮二郎、黒澤明)の脚本の出来がすばらしく、話術のうまさの点では黒澤現代劇の中で一、二を争う作品。疾走する「こだま」からの身代金の投下シーンは、たぐいまれな緊迫感でした。」(双葉十三郎氏)
手を換え品を換えのサスペンスの持続が圧倒的。シネマスコープを利用して、一つの画面に20人〜30人くらいが押し込まれているショットの迫力も素晴らしい。「根岸酒場」の熱気も十分に確認できたし、香川京子の奥さんぶりも良かった。
チーフ監督(?)を務めていたという原一民氏のトークショーで数々の裏話が披露された。「こだま」のシーンの準備、リハーサル、本番の緊張感。7センチの窓、8台のカメラ、採掘場の労務者用飯場を解体したこと、砂利で犯人の見え具合を調整したこと。9分55秒ワンカットの群衆劇で二台のカメラのいずれにも人物が重ならないようにするためのスタンドインの苦労話。勉強になった。
なお三島由紀夫に「思想はまあ中学生くらい」と嘲笑された黒澤のヒューマニズムだが*1、「中学生の思想」では、あれほどまでに微妙でシニカルな犯人の造型はとうてい無理である。ただし最後に犯人が人間としての弱さを見せる設定にしたのは、たしかに時代の課題を背負った黒澤の限界であるようにも感じた。でもそんなことはこの作品にとってほんのわずかな傷でしかない、傷ですらないだろう。