今村昌平『黒い雨』(1989)

(123分・35mm・白黒)被爆症や戦争の後遺症に苦しむ人々を見つめながら、戦争への怒りを静かに力強く表現しつつ、生きる切なさを暖かく描き出した傑作。井伏鱒二は他監督による原作の映画化はことごとく断ってきたが、今村は婉曲的な許諾を得、映画化を実現した。監督=撮影で初めてコンビを組んだ今村と川又だが、二人には松竹大船での助監督・撮影助手時代以来の長いつきあいがあった。
’89(今村プロ=林原グループ)(原)井伏鱒二(脚)石堂淑朗今村昌平(撮)川又日冠に工卩(美)稲垣尚夫(音)武満徹(出)田中好子北村和夫市原悦子原ひさ子石田圭祐沢たまき小林昭二、山田昌、小沢昭一三木のり平石丸謙二郎、立石麻由美、楠トシエ七尾伶子、飯沼慧、三木敏彦、藤井洋八、河原さぶ深水三章三谷昇大滝秀治

フィルムセンター。井伏鱒二が映画化を渋ったのは、盗作がばれると思ったからではないか。という憶測はともかく、この映画も傑作。
中期の圧倒的だが観念的な諸作品よりも、『豚と軍艦』や『にあんちゃん』のような初期作品の方が個人的に好感が持てるが、原爆の後遺症を怖れる人々の生活を丁寧に描く本作も、観念的なところがなくて素晴らしい。途中、「トルーマンが中国に原爆を落とす可能性を示唆」というラジオ放送が入る。このニュースが本当に生々しい痛々しさを帯びる。ほんの小さな幸せすらも蝕まれていってしまう矢須子(田中好子)の人生は、一体何だったのか。沼で巨大鮒が跳ねるシーンは、今村監督らしい深い味わいのあるシーンだ。
美術監督の稲垣尚夫氏のトークショーがあり、この作品はもともと昭和四〇年、矢須子がお遍路に出かけるシーンも含むはずだったということだそうだ。実際には矢須子の入院を北村和夫が見送るシーンで終わっている。