古谷実『わにとかげぎす』
『僕といっしょ』『ヒミズ』『グリーンヒル』『シガテラ』と読んできたが、今回も面白かった。テレビとネットとマンガとコンビニがあれば、そこそこ満足して暮らしていけてしまう「動物化」の時代に、さて、幸福とは何だろう、人間関係とは何だろうという、きわめて現代的なテーマが設定されている。相変わらずの鋭いテーマ設定である。
オレは今 ビビっている・・・ 得体の知れない不安に襲われ 心がビビりまくっている・・・ そう・・・・言うなればオレは 人生という大切な道のりを・・・・ ずっと己の足下ばかり見て歩いてきてしまった愚か者 皆が行く先をきちんと見据え 正しい姿勢で歩いていく中 オレはずっと下を向いて・・・・ まるでゾンビのように・・・・・・・心ある人に何度か注意された気もしたが・・・・・・・困難という困難を避け・・・・ダラダラと歩き続けて32年・・・・・・・32年目の春に・・・・オレはふと・・・・こう思ったのだ・・・・・・・・あれ?何だかまわりに人の気配がしないぞ?オレは顔を上げてみた・・・・ものすごく・・・・超久し振りに・・・・するとどうだ!?オレは全然・・・・ワケのわからない所へ来てしまっていたのだ!!そ・・・・遭難している!オレは人生において遭難している!!残念な事に・・・・・・・そう気づいたのが つい先週!! 友人と呼べる人がいない ただの一人もいない ましてや恋人などいるワケがない 32年も・・・・どうして気づかなかったかって?何を考えて生きてきたかって?よし・・・・・・・正直に言おう 何も考えていなかった!! 本当に! まったく気づかなかった! 基本的に家で寝ていたのだ!! 幼少期も青年時代も 成人してからもずっと!!
ダンテ『神曲』の冒頭にも似た始まり方だが、この後、主人公は死という実存的条件に目を向けることで、自身の生に少しずつ正面から向き合うようになる(って、物凄い粗っぽいまとめだが・・)。動物化=個人化されたライフスタイルが可能であるだけに、そこでの孤独を自身のライフスタイルであると規定しつつ、根源的な空虚さから目を逸らし、より全面的に動物化していくことも十分に出来てしまうわけだが、そうした生き方に作者が疑問を呈している姿勢は、私などから見ると大変好ましいものであり、成熟を拒否しては果実は得られないのだという表明は、この作家が成熟以前の思春期的リアリティーを執拗に描いてきた作家であるだけに、いっそうの重みを伴うものである。同時に、現代社会が成熟を拒否する幼児性を蔓延させてしまう時代的条件を備えていることが、個人的なリアリティーを喚起させつつ、圧倒的な迫力を帯びて示されている。オチは単純に幸せな話になっているが、この単純な幸せの所在が不透明化しているわけであって、けっして軽いオチにはなっていないと見なしうる。
『シガテラ』をめぐって古谷実について一度書いたので、再掲。
- 作者: 古谷実
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/05/02
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