野村芳太郎『拜啓天皇陛下様』(1963)

(100分・35mm・カラー)野村芳太郎の、サスペンス映画と並ぶ看板ジャンルである喜劇を代表する一篇。無学でとことん人情に弱く、軍隊生活を極楽だと思っている鈍重な男の姿を淡々と描写し、渥美清という笑いと哀しみを同時に体現できる演技者の力を引き出している。
’63(松竹大船)(監)(脚)野村芳太郎(出)多々良純(浦上准尉)、小田切みき(浦上の妻)(原)棟田博(脚)多賀祥介(撮)川又繡(美)宇野耕司(音)芥川也寸志(出)渥美清左幸子、中村メイ子、高千穂ひづる、長門裕之藤山寛美加藤嘉西村晃森川信穂積隆信桂小金治、葵京子、津村映子

高峰秀子が出ているというので『張込み』も観たかったのだが、今日は無理だった。この作品は、渥美清長門裕之がたっぷり見られるのが醍醐味。藤山寛美と渥美のやりとり(代用教員経験者の藤山が二年兵の渥美に文字を教える)も大変良かった。
それにしてもこの作品には謎めいた部分があると思う。戦前の軍国主義は当然否定的なものとされていただろうが、とはいっても軍隊生活が青春時代そのものであった人々にとって、それは感情のレベルで身体に染み付いてしまっているわけである。橋本忍がインタビューで、上級兵が下級兵を苛めるというのは誇張だ、戦場で上級兵の背後にいるのは下級兵なのだ、と言っていた本があったけれど、軍隊生活のすべてが悲惨なものばかりでもなかったはずで、本作品での渥美清は、軍隊生活ではじめて文字を知り、社会を知り、衣食の足りる生活を送ったということになっているが、そういう人が戦後を迎えたとしても「戦後生活の新しさ」などというのはピンときたかどうか分らない。そういう現在では見えなくなってしまっている情念が本作品ではテーマとなっている。
1963年当時、この作品を見てある種の「懐かしさ」を感じた人もいたのではないかと想像したりもするが、本当のところは私の世代の人間にはわからないし、またそういう「情念」の世界は言説レベルでも希少であるように思われる。
渥美清の風貌が千変万化するが、復員兵として鬚面の姿で(まるで麻原尊師)鶏を殺す場面などが面白かった。長門裕之も軍隊のときと戦後ではキャラが一貫していないくらいに変貌する。軍隊のときは真面目くさって任侠の演技みたいだったが、戦後は不良少年を演じていた頃の長門のイメージになっていた。藤山寛美が戦後にも出てきてくれたほうが、ストーリー的には満足できたと思うけど、どうかな?