シェカール・カプール『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007)

Elizabeth: The Golden Age イギリス、フランス 114分 監督:シェカール・カプール 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ジョナサン・カヴェンディッシュ 脚本:ウィリアム・ニコルソンマイケル・ハースト 撮影:レミ・アデファラシン 編集:ジル・ビルコック 音楽:クレイグ・アームストロング、アル・ラーマン 出演:ケイト・ブランシェットジェフリー・ラッシュクライヴ・オーウェンアビー・コーニッシュサマンサ・モートン

池袋HUMAX。自分を含め観客は6人だけだったが、ぼくの基準でいうとこれは傑作です。娯楽的にも知的にも非常に満足した。
歴史を勉強してから行こうと思ったんだけど、あまり良い本がなくて*1、ヒュームの『イングランド史』の研究書を開始前に読んでいたら、ヒュームは〈「権力」と「自由」〉の視角からイングランドの「古来の国制」を3段階に区分し、チューダー絶対君主制、とくにエリザベス朝を「権力」の完成期と考えたのだそうだ。「権力」の制限が課題とされる「自由」の確立は、混合政体の実質化する名誉革命以降。この歴史理解は、当時の党派的なスチュワート朝堕落史観とは一線を画すものだったらしい。
しかしこの勉強はあまり意味がなくて、「融通空間」氏の説明の方がずっと役立った。さすがは世界史教師。

10年前に製作された『エリザベス』の続編。女王に即位してからの物語。今回の映画のクライマックスは、当時の世界最大のスペイン無敵艦隊を撃破したアルマダの海戦。以後、スペインは制海権を失い、オランダが事実上の独立を達成するなど、衰退への転換となった。イギリスはこれによって「一流国」へと駆けあがっていく。このラストに向かって、エリザベス暗殺計画(バビントン事件)や、この陰謀の裏にいたとされるスコットランドのメアリ・ステュアート処刑など、有名な歴史的事件が描かれている。また、恋の相手としては、処女王にちなんで命名された「ヴァージニア植民地(現在のヴァージニアは次王のジョージ1世時代に別の場所に建設された)」を創設したウォルター=ローリが登場。彼の妻となるエリザベス=スロックモートン(通称ベス)や女王の寵臣フランシス=ウォルシンガム、アルマダの海戦で活躍するドレイクや宿敵スペインのフェリペ2世、すべて歴史上の人物で、主要なエピソードは史実に沿っている。もちろん、これらにはカトリックイギリス国教会の対立という宗教改革時代の背景も絡んでおり、重厚な歴史映画に仕上がっている。……

歴史を別にすれば、ケイト・ブランシェットの演技が圧倒的に素晴らしい。等身大の悩みや不安とともに、王たる権威を感じさせる所が素晴らしい。「国王二体論」というのがあって、まさにエリザベス一世治下に集成された判例集のなかに「彼の自然的身体に接合された政治的身体は、自然的身体の弱さを取り除き、より小なる自然的身体とそのあらゆる効力を、より大なる自己自身へと引き入れるのである」(カントーロヴィチ:35)という文言がある。神学的思考世界をそのまま生きているエリザベスの姿*2が神々しく、魅力的で、またもや惚れてしまった。頭いい人だし。
フェリペ2世のイメージが意外だったのと、メアリー・スチュワートの人物造型を知るためにも前作を見てみたいな、新文芸坐とかで同時上映してくれないかな、と思った。海戦シーンも予想以上の素晴らしさ。おすすめです(歴史をまるで知らずに行くと、チンプンカンプンになるかもしれないが)。

*1:マンガだと池田理代子『女王エリザベス』が幼少期のエリザベスと宗教問題を知るのにけっこう便利。世界史未履修者はどうぞ。

*2:ローリー卿との恋愛物語をどう捉えるかだが、これはベスを分身とするエリザベスがまさに二つの身体を自覚的に生きていたことの証でなかったかとぼくには思えたのだが、思い過ごしだろうか?この「自覚(のプロセス)」があってこそ、国難シーンが盛り上がり、見所となるのだと思います。