マルセル・カルネ『天井棧敷の人々』(1945)

LES ENFANTS DU PARADIS (186分・35mm・白黒)1952年2月日本公開。19世紀中頃のパリを舞台に、「犯罪大通り」と呼ばれる劇場街を行き交う人々の愛憎劇を大きなスケールで描いたM・カルネ&J・プレヴェールの代表作。1980年にはキネマ旬報による「外国映画史上のベスト・ワン」にも選ばれた。
’45(フランス)(監)マルセル・カルネ(脚)ジャック・プレヴェール(撮)ロジェ・ユベール、マルク・フォッサール(美)レオン・バルザック、レーモン・ガビュッティ(音)ジョゼフ・コスマ、モーリス・ティリエ(出)ピエール・ブラッスール、アルレッティ、ジャン=ルイ・バロー、マリア・カザレス、マルセル・エラン、ピエール・ルノワール、ガストン・モド

「フランス映画史上の最高傑作」(中条省平)と評される作品。以下のように、双葉先生も尋常でない激賞ぶり。

その規模の雄大、精神の雄渾、この作品に比肩すべき映画はない。まさしくバルザック的壮麗である。製作には三年三ヵ月費やしたというが、カルネ監督はこの三時間を超える巨篇に、ドイツ軍に占領されたフランス人が求めてやまぬ人間精神の自由を謳うべく、渾身の力をこめているようである。第一部は「犯罪の巷」、第二部はその五年後の「白い男」。鉄火肌の女芸人(アルレッティ)、パントマイム俳優(バロー)、役者(ブラッスール)らを中心とした深い人生模様を描いている。彼らは、相会し、離別し、からみ合い、対立する。その景観は豪華きわまる人生劇場の舞台であり、大河を想わせる。ここには歓びも哀しみも残酷も皮肉も含まれているが、それらすべてを超えてぼくたちの胸にひびいてくるのは、人間の自由のいかによきものかという一事である。この映画にかかわったいずれの諸氏にも脱帽したい。(184)

「フュナンビュル座」のパントマイム役者、バチストは、バルザックも熱狂したという実在の人物であり、フレデリックルメールというロマン主義演劇の名優、この二人に絡んでくるピエール=フランソワ・ラスネールという殺人者も、有名な実在の人物であったらしい(中条省平『フランス映画史の誘惑』)。この三人を中心にギャランスという虚構の女性が関わり、複雑な三角関係が展開されるのだが、ギャランスは結局モントレー伯爵と結婚し、バチストはナタリーという女優と結婚するので、人間関係はきわめて重厚で錯綜したものとして描写されている。
しかしこの厚みのある人間描写が「抗いがたい運命」という主題にリアリティーを与えている。何かを望めば、その望みが悲劇を招く。運命に翻弄される「悲劇」は、別の人間から見れば「喜劇」であり、そのこと自体、「皮肉(アイロニー)」でもあるだろう(アイロニーとは、事態の帰趨をあらかじめ知っている第三者の感受性のあり様を意味する)。
お祭りで熱狂する人々の渦に身動きの取れないバチストの姿。このラストシーンには、いろんな陰影を含んだ生の充溢といったものを感じる。バルザック的壮麗!!