アメリカ失速と世界の構造転換

人並みの知識を仕入れておこうと、竹森俊平『資本主義はお嫌いですか』(日本経済新聞出版社)を読んで、世界経済の現状、および主要な経済理論のあらましを学習*1
まとめは後回しにして、ロゴフ教授に関して記された重要な指摘を引用しておこう。

これまで、ほとんどの国際経済学者は、資本市場の一層の開放や、国際資本取引の拡大を、競争を促し経済を効率化するための望ましい改革として推奨する傾向があったが、いまや彼のような第一級の国際経済学者にして、それとは異なった立場を選ぶようになったのは、この分野に重大な思想的変化が起こっていることをうかがわせる。膨張する国際資本取引が、バブルを加速したり、世界中いたる所にバブルを伝播させたりする傾向、アメリカのような強大な資本受け入れ国が経済運営の規律を維持することの困難さ、そうしたさまざまな要因が、この重大な思想的変化を促しているのかもしれない。

やっぱりサブプライム問題は、世界の構造が転換していくメルクマールといえそうだ。以下、まとめ。

  • 1997年のアジア通貨危機を経験した結果、海外からの資本流入に依存し経済成長を遂げていたアジア新興国は、国内投資を抑制し、先進国向けの投資を増加させる方針転換を図った。
  • 世界経済は「需要不足」による不況圧力にさらされた。新興国の経常収支黒字の増加によって、「貧しい国々」が「豊かな国々」に資本を貸すという「いびつな構造」(「グローバル・インバランス」)が生まれ、これは世界金利の低下傾向を招いた(バーナンキ)。
  • 以上のグローバルな影響によって、不動産バブルが生じた(「テイラー・ルール」から乖離した連銀の低金利政策が「住宅バブル」を招いたとの説も)。これには政策的合理性も認められる。以下がその理由。
  • リカルド・カバレロは「ワルラス法則」(「市場Aで超過需要(需要が供給を上回る状態)が生じているならば、市場Bでは必ず超過供給(供給が需要を上回る状態)が生じている」(94))を活用して、新興国における「投資対象の不足」(=「実物財」の「超過供給」)が、「金融資産」市場における「超過需要」を生むことを指摘。これは「金融資産」市場における世界金利の低下、「実物財」市場におけるデフレ現象を説明する。
  • この場合、デフレを避け、たとえバーチャルなものであっても「投資対象」を生みだすことにより「バブル」を発生させる方法が合理的である。「動学的効率性の条件」(=「その経済における投資収益率が成長率を上回る」という条件)が「満たされていない」場合、つまり「投資収益率」より「成長率」の方が高い場合、投資がすでに過剰なのだから、富はバブルに向けた方が経済的合理性に適う(サミュエルソン、ジャン・ティロール)。「バブル」によって「真正な投資」に対する代替的な選択肢が示されれば、「真正な投資の収益率」がそのものとして改善される可能性を期待でき、「バブル」をある種の自己調整能力として理解できる。
  • 前述のようにアジア経済危機以降、国内投資を抑制した新興国では「投資収益率」が低く、世界経済において「動学的効率性の条件」は満たされていない。つまり投資収益率より成長率の方が高い。「実物財」市場ではデフレが生じ、「金融資産」市場では金利が低下している(金融資産が超過需要ならば金利は低下する(97))。この場合、バーチャルな投機対象としての「住宅バブル」は政策的に整合的である。
  • 現象レベルで言うと、アメリカにおいて「金利の低下」と「住宅価格」という二つの条件は、「住宅バブル」を加速させた。金利が下がっているのだから、住宅ローンを借り換えて、持家の担保価値の上昇分だけローンを借り換えるようにすれば、プラスアルファのボーナス分を消費に回すことができる(41)。アメリカの旺盛な消費意欲によって世界経済は牽引された。日本も恩恵を被った。
  • このようにバブルは一概には否定できない。しかし限界説も。ハーヴァード大学ケネス・ロゴフ教授は「アンチ・グリーンスパン」の立場から「問題なのは新興国の「貯蓄過剰」ではなく、「投資過剰」を維持しようとする先進国、いやむしろアメリカ一国の行動だと切り捨てる」(114)。
  • 規制緩和で金融市場を拡大しつつそれをコントロールするのは限界がある。今後、アメリカ経済が後退する以上、(1)内需依存型の経済運営、(2)世界経済全体の成長率の引き下げ、という二つの落とし所しかない。前者であれば、「グローバル・インバランス」は「自給自足」型経済へと向けて縮小される。後者であれば、「「経済成長率」が「投資有益率」を上回っているために、「動学的効率性」の条件が満たさないという問題」も「一気に解消」する(116−117)。
  • ロゴフ教授の指摘はかなり重要かつ有力な未来像である。

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

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