小津安二郎『秋刀魚の味』(1962)

112分 出演 岩下志麻笠智衆佐田啓二岡田茉莉子吉田輝雄牧紀子三上真一郎中村伸郎東野英治郎
娘を嫁に出すというのは、小津作品に繰り返し現れるシチュエーションだが、真の孤独を味わった小津によって描かれたこの作品での父親役・笠智衆の、寂しさに震える背中は今までにない凄味がある。名匠・小津安二郎監督の遺作となった人生ドラマ。

娘(岩下志麻)の心情よりは、父親(笠智衆)の心理描写に重点が置かれている。もともとあまり深くは考えていなかったのに、老恩師(東野英治郎)と娘(杉村春子)の落魄ぶりを目の当たりにして、「娘を嫁にやらなくちゃいかん」と笠は焦慮に駆られる。何でもないことに腹が立ったり、ふとしたことで気が浮き立ったり、といった繊細な描写は、本当に名人芸の域(笠の友人関係の描写など)。
いくつかの対照が味わい深い。海軍時代の部下(加東大介)に誘われたバーで死んだ妻に似た女主人(岸今日子)に軍艦マーチをかけてもらうシーン、娘の結婚式の帰り道バーに寄って軍艦マーチを聴いてみるのだがそれがあまりにも空しく響くシーン(「今日はお葬式か何か?」「そんなもんだよ」)。岩下が泣いて二階に上がるのを笠が追いかけるシーン、鏡の前で花嫁姿の娘を笠が見つめるシーン。後者は、娘のいなくなった家で笠が階段をじっと眺めるラストにつながっている。場末のバーの場面を含めて、幾何学模様の原色の美しさが画面に映えている。佐田と岡田が暮らす団地も、清潔でこじんまりとしていて、美しい(ゴルフクラブのやり取りも良かった)。