本多猪四郎『モスラ』(1961)

(101分・35mm・カラー)南海の島から連れ去られた小美人たちを救うべく、守護神モスラが卵からかえり、日本に上陸する。『大怪獣バラン』以降3年ぶりの東宝怪獣映画だが、ファンタジーの要素と怪獣キャラクターの愛らしさが加味されている。『空の大怪獣 ラドン』の怪獣操演テクニックを応用したモスラの飛行姿が、ワイド・スクリーンでダイナミックに映し出される。
'61(東宝)(監)本多猪四郎(原)中村真一郎福永武彦堀田善衛(脚)関沢新一(撮)小泉一(美)北猛夫、安倍輝明(音)古関裕而特技監督円谷英二[特殊技術(撮)有川貞昌(光学撮影)真野田幸雄(美)渡辺明(作画合成)向山宏](出)フランキー堺、小泉博、香川京子、ザ・ピーナッツ、ジェリ−・伊藤、上原謙平田昭彦志村喬

予想を遙かに超えて、素晴しかった。原爆で汚染された島、土着民の姿が印象的な南方文化の描写など、戦争体験の被害感情や、大東亜共栄圏構想の残像が、トラウマのごとく底流に蟠っている。ザ・ピーナッツが歌うモスラの歌古関裕而)も一度聴いたら絶対に忘れられない。60年安保直後の政治情勢を反映して、ジェリー伊東が象徴するアメリカへの敵対感情も濃厚に見て取れる。
インファント島で土着民が踊るなか孵化したモスラは、幼虫の姿でブルーの海を突き進む。これは、宮崎駿風の谷のナウシカ』のオームの姿そのものだ。モスラは文明を呪い、文明を生み出した人間の生活を破壊する。東京タワーに寄りかかってサナギ化したモスラは、度重なる攻撃を受けつつも成虫となり、破壊的な風圧を発生させながら小美人(ザ・ピーナッツ)の救出に向かう。
阪神大震災オウム事件から14年が経過したが、敗戦から本作までは16年が経っている。フランキー堺香川京子の明るくて楽しい振る舞いの裏側に、戦争をめぐる複雑な感情が存在しており、その二重性に思いを巡らしてしまう(被害感情と捻れた自罰欲求*1)。ミニチュアもリアルだし、飛行機や船の航行シーンも素晴らしい。映画として、とてもよく出来ている。

*1:敗戦は国民の被害者感情を導いたが、東西冷戦体制の上に成立した戦後の繁栄は、その享受に際して、加害者意識を発生させただろう。それは同時に、無意識下に抑圧された、戦時の加害者意識をも刺激したはずだ。完全なる善者たる日本が(悪者はあくまでジェリー伊東であり、新聞屋のフランキー堺と香川、調査隊の日本学者たちは、まさに平和国家を象徴している)、それにもかかわらず、破壊の責めを受けなければならないのは、以上に起因する自罰欲求によっている。これがモスラという不条理な存在を説明する理由であり、戦後日本のねじれた無意識的構造なのである。