稲垣浩「無法松の一生」(1943)

(104分・35mm・カラー)阪妻主演の戦中作『無法松の一生』が、検閲によって未亡人への思慕の念を打ち明ける場面がカットされたため、伊丹万作の名脚本を完全に残そうと三船と高峰コンビによるカラー、シネマスコープ・サイズで再映画化された。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した。
’58(東宝)(原)岩下俊作(脚)稲垣浩伊丹万作(撮)山田一夫(美)植田寛(音)団伊玖磨(出)三船敏郎高峰秀子芥川比呂志飯田蝶子笠智衆田中春男多々良純中村伸郎宮口精二中北千枝子有島一郎左卜全、高堂国典、土屋嘉男、沢村いき雄、小杉義男、上田吉二郎

稲垣浩監督、1943年、大映京都。出演:阪東妻三郎月形竜之介、永田靖、園井恵子、沢村アキオ(長門裕之)。近代美術館フィルムセンターにて、二時より。
名作との定評はあるとはいえ、やっぱり古い映画の扱うテーマは人間的なものが多くて素晴らしい。阪妻の演技に本当にしんみりした。小倉の車夫なんだが、粗暴さと優しさが同居しているさまを演じて、これ以上の深みはおそらく望み得ない。分にしたがって生きるというのは、封建的かもしれないが、抑制のうちに秘められた感情が思われて、美しい。ストーリーは、軍人の未亡人に対する想いを隠した無法松が、その子どもに献身的に愛情を注ぎ、人生を終えていくというもの。学問がなくても文句なしに立派な人というのは、今だと想像しにくいけれど、ああいう人のことなんだとわかる。何というか、まっとうに生きることの揺るぎなさが伝わる。
とくに、無法松が死んだことを暗示する映像の作り方がセンチメンタルで素晴らしかった。戦争中のためか、全篇にわたるBGMが「さくら」だったり、日本の風物が多く映っていたりするのだが、それがまた様式美を生んでいて、回転する車輪の影、古い日本の家屋、花火、堤燈など、何ともいえずこじんまりとした、品の良い美しさが出ていた。そのうえ、歌舞伎座での乱闘シーンのように猥雑なエネルギーもちゃんと伝わってくるんだから、これは名作というしかない。ユーモアのあるシーンも違和感なく楽しめました。