『都立高校は死なず』

近所の古本屋に、本を売りに行った。最近は、どんどん売り払っちまえ、という気分だ。どんどん売って、スッキリいきたいところである。
さて、その古本屋でふたたびクラシック関連のCDを買った。今日ゲットしたのは、チョン・ミュンファン指揮/オペラ・バスティーユ・オーケストラ『サン・サーンス「交響曲第三番」/メシアン「キリストの昇天」』、マウリツィオ・ポリーニストラヴィンスキー「《ペトルーシュカ》からの3楽章」他』、カルロス・クライバー指揮/シュツットガルト放送交響楽団ボロディン交響曲第二番/モーツァルト交響曲第三十三番』、の3枚である。この店はクラシックCDはほぼ250円で放出してくれるので、超お買い得の買い物ができる。つくづく、ありがたい店だと思う。
と、なかなかのチョイスに満足していたのだが、店内で、数十枚のCDを抱えたアヤしい中年男性を発見してしまった。なんと、ほとんどが彼に荒らされた後だったのである。くっ、くやしい!でも、クライバーを持っていかれなかったのは、不幸中の幸いだったと思う。輸入版でデザインが分かりにくかったから、見逃したのかな?
さて、今日のコメント用図書は、殿前康雄『都立高校は死なず――八王子東高校躍進の秘密』(祥伝社新書)である。著者は、八王子東高校の校長だった人物で、プロフィール欄によると、「『進学指導重点校』に指定された同校でさまざまな“改革”を実行、その驚異の手腕は教育界の注目の的となった」ということだそうだ。実際、都立高校の生々しい実態、とくに組合系(東京都高等学校教職員組合=都高教)の教師たちの「生態」についてよく理解できるという意味で、本書はきわめて貴重である。また殿前校長が、教員の現状維持的かつ無責任な態度をみごとに論破し、学校組織をどう具体的に改革していったのか、というプロセスについても、非常に興味深い事例を提供していると評価できる。で、以下は雑感。
思うに、これまでの学校組織の最大の問題点は、「責任」観念の希薄さにあった。たとえば、職員会議の位置づけ問題において、それは明らかである。じつはこれまで、職員会議での多数決は、校長の専権事項よりも重視されるというのが、一般的な慣行とされてきた。最近ようやく「職員会議は議決機関ではない」との枠組みが明確にされているのだが、従来の校長は、学校をどう運営していくか、という基本的なプランさえ、自分で描くことができなかったのである。学校の特色を出そうにも、そこに選択をなしうる責任主体は存在せず、したがって当りさわりのない特色が掲げられてきた、というのが学校をめぐる実状だった。
とりわけ、こうした風潮を助長してきたのが、組合系を中心とする教師らだった。かれらは「教師の自律性」を建前とつつ、校長ら、管理職によるあらゆる介入を、きびしく斥けてきた。たとえば、校長による授業視察などは、かれらによって頑強に抵抗されてきた事柄の一つである。もちろん、学校の特色を打ち出し、優秀な教師を育成することは、現場にとって死活的な課題であるが、こうした基本的チェックさえ果すことができない構造が、学校現場には作りあげられていたのである。組合には組合なりの理屈があるとは思うが、現実として彼らのロジックは、無能教師を温存させることに貢献したにすぎない。*1
本書に戻ろう。これらの風土に対して殿前校長が行なったことは、徹底的な人事の入れ替えだった。また、八王子東高校を「進学校」として特色づけ、その教育方針を職員に共有させることによって、学校組織の求心性を高めることをめざした。その結果、殿前改革は、実質的に成功を収める。八王子東高校には、優秀な人材が集まりやすかったという好条件はあったにしても、めでたし、めでたし、の結果を迎えることができたのである。
とはいえ、例によって批判も加えておきたい。殿前校長は、「学校の教育理念が大切だ」、「八王子東の場合は進学が特色だ」、「これに非協力的な教師には異動もありうる」といったかたちでリーダーシップを発揮し、たしかに立派な仕事をすることができた。しかし、これは進学校だから出来たことではないのだろうか?事実、「進学」という面だけに注目すれば、殿前校長が実現したことは、すでに塾や予備校が行なっていたことをなぞっただけである。もちろん、それまでの学校文化からすれば大改革であったといえるが、中堅以下のレベルの高校でも、同じ改革が上手くはいくとは考えられないのである。そもそも、レベルの低い高校では、校長が打ち出すべき教育理念など、すぐさま宙に浮いてしまう。「教育理念を掲げることによって、組織としての求心力を高める」という方法は、教育理念を立て挙げる時点で、挫折の危機にさらされかねないのである。その意味で、殿前先生の本書は自慢話が前面に出すぎており、『都立高校は死なず』という題名から考えても、教育全体に対する目配りが不足であるとの印象は否めない(でも、読む価値はあり)。
最後に、今日をしめくくっての感想。テレビで見たんだが、トラック運転手って、ほんとに大変なんだね。商品流通システムが極度に合理化され、運送料金のダンピング競争にさらされた結果、かれらは寝る暇もなく、配送遅延の恐怖と闘いながら、365日車の中で生活している。最近しばしば感じることだけど、社会の合理化が進展したために、高度成長期とは別な形での労働疎外があらわれているように思う。派遣社員の労働実態とかもそうだが、誰かがもっと大々的に問題にしないといけないと思う。

*1:たしかに、教育活動において、競争や評価などが馴染みにくい面もあるだろうが、まったく批判を受け入れないという硬直性は、あまりにも異常だったと考えざるをえない。