気晴らしに『田中小実昌エッセイコレクション』

気晴らしに入った大学近くの古本屋で、『田中小実昌エッセイ・コレクション4おんな』(ちくま文庫)を百円で買う。女のことばかりが不思議な文体で書かれてある。なぜ不思議な文体かというと、著者と女との距離感が、不思議な距離感なのである。京都の銭湯で、ラベンダー色のパンティを脱いでいる女の描写が印象深かった。それから、インキンの日干しを海岸でやる話があって、それも良かった。

 ぼくとおクミさんは、だれもいない浜辺で、うねりのある波にのり、そして、砂丘のかげの白いこまかな砂の上に、フリチンとフリマンでならび、あかるすぎる太陽の光で青さが薄まっているみたいな空をながめた。
 ぬれたからだはすぐかわき、おクミさんの太股についていた砂が、潮風にふかれて、ぽつんぽつんとおちてゆく。
 ちんまりまるく剃ったあとの毛が、まだのびきらないおクミさんのあそこの丘が、海辺の草がひくく這っている砂丘のミニチュアのようにみえる。
 試合に勝った拳闘の選手のように、ハサミをふりたてて、あるいてきた蟹を、おクミさんはつかまえ、ぼくの坊やのほうにむけ、あんなもののせいで、わたしはこんなバカな虫干しをやっている、あんなもの、チョン切っちゃってよ、とけしかけたが、蟹は方向をかえて、おクミさんのほうにもどっていき、あわてて、おクミさんがからだをおこすと、下腹にきれいなさざ波がたち、ミニチュア砂丘の下に、まだひとつのこっていた海のしずくが、みじかい毛と微妙な谷間のあいだをスラロームして、ヒップのはしがまるく太股のあいだにまきこんだスロープに、つーっとながれ、砂の上におちるかとおもったが、そこで消えてしまった。(138−139)

「あせも」をうつされたおクミさんは、あそこの毛を剃ってしまったのだが、また毛が微妙に生えてきて、「海辺の草がひくく這っている砂丘のミニチュア」のように見えている。言われてみると、たしかに即物的な関心をさそうオブジェなのである。