成瀬巳喜男『晩菊』(1954)

日常のディテールを細かく描写する成瀬映画であるが、1954年のこの作品にいたって、とうとう「オチ」すらなくなってしまった。かつて芸者仲間だった50過ぎの四人の女性について、彼女たちの人となりや心理状態が、徹底して描きわけられている。
中心となっているのは、金貸し業を営む杉村春子。お札を数えるのが習慣であるようなシニカルな杉村は、ほかの三人のおばさんたちからは当然疎ましがられている。だが、そんな杉村のもとにも、かつて恋愛した上原謙がやって来る。上原を迎えて気持ちの昂ぶる杉村。しかし上原の訪問の真意を訝るにつれて、もはやかつての恋が冷めきってしまったことに気づく。観客にしてみれば、普段シニカルな杉村が一瞬でも胸を躍らせたという事実に、彼女の諦念のうちに隠された孤独を感じるわけだが。
といっても、同時並行的に他の二人の娘と息子とのドラマも描かれているので、物語が進展していく感じというよりは、四人の女性のそれぞれがまざまざと観察されている映画、との印象のほうがつよい。絵画でいえば、主題に物語性が希薄な「静物画」、といったところか。
なお、本郷菊坂が舞台で、『たけくらべ』の井戸の横に杉村の家があるという設定である。また杉村が出ているときだけオーケストラによる音楽が流れる、という音声上の工夫も見られた。杉村が上原に幻滅を感じ、他の二人も子どもとの別れの愚痴で憂さを晴らしているとき、やはり雨が降ってきた。
明日は「おたく論」を大々的に展開する予定。