本田透『電波男』part1

ドーン!実存を揺るがす、心のうめき。壮大なる理論的構想力。これを名著といわずして、なにが読書人だろう。とにかく読むべし。
高村光太郎の詩『ぼろぼろなダチョウ』より。

ぼろぼろな俺
何が面白くて俺を恋愛に誘うのだ。
アパートの四畳半の個室の中では
足が蟹股すぎるぢゃないか。
腹があんまり太鼓腹すぎるぢゃないか。
イケメンがモテる国にこれでは顔がぼろぼろすぎるぢゃないか。
性欲が溜まるから風俗にも行くだらうが、
俺の目は二次元ばかりを見てゐるぢゃないか。
身も世もないように萌えてゐるぢゃないか。
パソコンゲームの妹キャラが今にもモニターから出てくるのを待ちかまへてゐるぢゃないか。
あの大きなキモい顔が無辺大の怨みで逆巻いてゐるぢゃないか。
これはもう人間ぢゃないぢゃないか。
俺よ、
もう止せ。こんな事は。(50−51)

オタクは救われないのか。キモメンは虐げられたままなのか。
さにあらず。
昆虫になったグレーゴル・ザムザが、奇怪なのではない。
奇怪なのは、世界の側なのだ。
歪んだ「恋愛資本主義」のシステムは、1960年代からの恋愛イデオロギーのなかから誕生し、1980年代のバブルにおいて成熟しながら、バブル崩壊後は、恐ろしい搾取構造を作り出した。いまやそれは、瀕死の状況に追い込まれつつも、最後の害悪を撒き散らしている。

 そう。恋愛ニートとも呼べる男たち…恋愛のような金がかかって面倒臭いことをやりたがらない男が、確実に増加している。恋愛市場主義という幻想から醒めてしまい、恋愛よりも自分や趣味に夢中という男たちだ。恋愛経験を積み重ねた結果、女に失望して「何が恋愛だ!さんざん金を使って女の顔色を伺ってもお、どうせ最後はセックスするだけじゃないか!だったら、恋愛も風俗も一緒だろ!」という悟りを開いてしまった男もいる。……また、現実の世界から失われてしまった偽りなき純愛を求めるあまり、二次元に目覚めたオタクもたくさん生まれた。俺のことです。
 一方では、バブルが崩壊しているにも関わらず引き続き「恋愛イコール顔そして消費」という条件に固執したために、恋愛に満たされることがなくなった負け犬やだめんずが発生した。むろん、これらの女たちに「顔」または「金」両方の理由からダメ出しされて相手にされないモテない男も大量発生した。俺のことです。「モテない男」として追放された俺は、荒野をさまよい歩き、ほうぼうのていで「秋葉原」という安住の地を見つけ、オタクになったわけです。
 このように、恋愛資本主義は様々な原因によって内外から崩れ、いまや瀕死の状態となった。そのため、大量の男女が市場からあぶれてしまっているのである。(66−67)

恋愛資本主義の搾取構造「あかほりシステム」は、以下のような進化過程を経て、男の容姿を基準とする搾取―被搾取関係を作り出した。

…八〇年代においては、恋愛資本主義のピラミッドの頂点は女である、とされていたのだ。すべての金とモノが、アッシーやメッシーやらに分類された男から女へと流れていく、というのが八〇年代における恋愛資本主義の構造であった。八〇年代に恋愛は「男が女のために大量消費する、男から貢がせた女もやっぱり大量消費する」という消費システムとなったのだ。
 恋愛資本主義はこの体制を維持するかに思われた。しかしながら、バブルが崩壊すると、女の価値、ことにセックスの価値が暴落していった。「宮沢りえのヌードが二億円!」と大騒ぎになった頃が女バブルの絶頂期だったろう。だが、宮沢りえが、相撲取りと婚約、しかも破棄されるという象徴的な事件が起きたあたりから、女の価値は下落の一途を辿ることになった。その結果どうなったかというと、女がヒエラルキーの頂点から転がり落ち、次項の図のような「二重搾取」の構造が出来上がったのだ。
 男は、機能ではなく、その容姿によって二種類に区別されることとなった。
 「イケメン」(いい男)と「キモメン」(気持ち悪い男)である。(68)

どんな搾取構造か。

 話を単純化すれば、フツメン・ブサメン・キモメンが女に金やモノを貢ぎ、女はその金やモノをイケメンに貢ぐ、という二段階の搾取が成立した。つまり、キモメンを最底辺とする「モテない男」軍団が、あくせくとイケメン…限られた一部の男前に金を貢ぎ続けるという、悪夢のような搾取構造が完成したのだ!
 一番分かりやすい例として、キャバクラや風俗があげられるだろう。この手の店で客がキャバクラ嬢や風俗嬢に貢いだ金は、そのままホストクラブやヒモへと流れていくのである。酷いときには、キャバクラとホストクラブを同じオーナーが経営していたりする。つまりキャバ嬢が稼いだアガリをホストクラブで回収するというわけだ。ああ、まさに弱肉強食の食物連鎖
 恋愛資本主義はおっかねえ…恋愛資本主義は信用できねえ!(69)

このような搾取構造を背景に、恋愛資本主義における容姿の評価は、人格評価と同等のものになる。歪み切った社会において、キモメンは、存在自体を否定されるのだ。

〈イケメンとキモメンの絶望的な差〉
 イケメンまじめ…知的  キモメンまじめ…がり勉
 イケメンマッチョ…スポーツマン  キモメンマッチョ…ホモ!?
 イケメン暗い…クール  キモメン暗い…根暗キモイ
 イケメン面白い…人気者  キモメン面白い…笑われ者
 イケメン高学歴高収入…エリート  キモメン高学歴高収入…金の亡者
 イケメンリーダー…頼りがいがある  キモメンリーダー…調子に乗るな
 イケメンやさしい…いい人  キモメンやさしい…ピエロ
 イケメン低身長…カワイイ  キモメン低身長…キモイ
 イケメン高身長…カコイイ  キモメン高身長…怖い
 イケメンフリーター…夢に向かって頑張ってね  キモメンフリーター…さっさと就職しろ
 イケメンマニア…流行の発信源  キモメンマニア…おたくキモイ
 イケメンが告白…嫁にしてクダサイ  キモメンが告白…きもっ、ストーカー!
 イケメンがブスと付き合う…女性を顔で判断しない  キモメンがブスと付き合う…底辺同士でお似合い

では、このような恋愛資本主義を超克する原理は、奈辺に見出されるのであろうか。そうだ。二次元なのだ。続きは、明日!

電波男

電波男