成瀬巳喜男『浮雲』(1955)

この映画については、双葉十三郎の整理でまったく問題なし。

 戦時中、農林省技官として仏印にいた富岡兼吾(森雅之)は、部下のタイピスト幸田ゆき子(高峰秀子)と愛人関係になる。戦後帰国した二人は再会するが兼吾は妻と別れない。ゆき子は外国人のオンリー(妾)におちぶれていく。運命はさらに二人を再会させるが、旅先の伊香保温泉で兼吾はバーの主人の若い妻おせい(岡田茉莉子)とデキてしまう。ゆき子は兼吾の子を堕ろす。が、二人はまたぐずぐずとくっつく。ゆき子は兼吾の屋久島赴任についていく。はしけは雨、雨、雨。ゆき子が島の小屋で死んだときも雨が降りしきっていた――.これも人間である、これも男と女である、これも愛である、とぐっと胸にしみこむようだった。成瀬監督のシニシズムが一番よく結晶化した作品。高峰秀子のつまらなそうな所在なさそうな表情と演技が最高。森雅之にも深みがあった。

そうそう、高峰秀子がほんとに最高。『稲妻』の高峰秀子には小娘のかわいらしさがあったが、この映画ではうつろで、落ちぶれていくことの自嘲が伝わってくる素晴らしい演技だった。
これまでに見た成瀬映画と比較すると、派手なストーリ性があったのが特徴的。また1955年の作品であるが、戦争の影響がつよく感じられる内容だった。
生きるためには、人を裏切ることもやむをえない時代。弱者同士の足の引っ張り合いもある。純粋であればあるほど、シニカルに歪んでいってしまう自分。それがぐずぐずの恋愛のなかに投影され、優しさと憎しみの混じった関係性でしかないのに、そこから抜け出せない哀しさを生む。そういう名状しがたい情感が、高峰秀子の表情には漂っていた。