『物語 古代ギリシア人の歴史』

だいぶ前だが、著者の授業を受けたことがあるので、読んでみた。タレスがどう、とか書いた手前もあることだしね。副題は「ユートピア史観を問い直す」だが、古代ギリシアをめぐる歴史的想像力を刺戟してくれる良書である。
古代ギリシア史の流れは、①「ポリス(都市国家)の成立まで(紀元前三〇〇〇年〜前八世紀)」、②「前古典期(前七世紀〜前六世紀)」、③「古典期(前五世紀〜前四世紀)」、④「ヘレニズム時代(前三世紀〜前一世紀)」、という風に理解できる。①ミケーネ文明、トロイの戦争、初期鉄器時代ギリシアルネサンス。②諸ポリスの地中海全域での植民活動、オリエントとの海上交易・文化交流、僭主制、ソロンの改革、僭主ペイシストラトス−ヒッピアス−クレイステネスの改革。③ペルシア侵攻、サラミスの海戦デロス同盟、カリアスの和約、パルテノン神殿ペロポネソス戦争アテネのスパルタへの降伏。④マケドニア王国、フィリポス二世−アレクサンドロス大王、ヘレニズム三王国、ローマの征服。
章ごとに、各時代の考古学的知見にもとづいた、創作歴史ストーリーが用意されており、すっと時代に入りこむことができる。以下、気になった記述。

 そもそも、ギリシアにおける社会の基礎的な単位であるポリス(都市国家)が誕生した前八世紀後半は、ギリシア人がイタリア南部やシチリア島に進出を始めた時代にあたっている。このいわゆる「大植民地活動」は、かつてはギリシア本土でポリスが成立してから付随的に起こった現象と説明されるのが一般的だった。しかし近年では、ポリスの形成と植民活動とは分けて考えることができないという立場が有力になっている。いずれにしても、初期のギリシアの歴史が、ギリシアという空間に限定された一国史的な枠組みでとらえるべきものではないことは、このような点から見ても明らかだろう。(63−64)

 前五世紀後半のギリシアでは、アテネを盟主とするデロス同盟と、スパルタの率いるペロポネソス同盟との対立が激化し、前四三一年には、ついにこの二つの同盟のあいだでペロポネソス戦争が勃発する。このような国際情勢の緊迫は、ギリシア世界の各地に深刻な影響を及ぼしたが、エーゲ海の北東に浮かぶレスボス島もその例外ではなかった。……
 ……同性愛者の女性のことをレズビアンと言うでしょう。あれは、「レスボス風の」という意味で、そもそもは、レスボスが誇る前七世紀の女流詩人サッフォーが、しばしば同性への愛情を熱烈に謳ったことにちなんでいるのです。
 ……そうだ、ラヴェルによる魔法のように素晴らしい音楽で有名になった、『ダフニスとクロエ』。あの、エーゲ海の豊かな自然を背景に少年少女の瑞々しいせいの目覚めを描いた物語の舞台がレスボスだといえば、……(138−142)

……しかし、これに対するソクラテスの弁明も、あまり私たちの共感を誘うものではありませんでした。彼の弁明の内容については、弟子のプラトンやクセノフォンが詳しく伝えている通りですが、そのあまりにも確信に満ちた巧みな語り口に接して、陪審員のなかには露骨に深いな表情を示す者さえいました。(198)

要するに、ソクラテスは「粋」ということを理解しなかったのだ。私も野暮なところがあるけれど、野暮は嫌われる。私がアテネ市民だったら、やはりソクラテスは死刑にすべきだと思っただろう。

物語 古代ギリシア人の歴史 (光文社新書)

物語 古代ギリシア人の歴史 (光文社新書)