岸と竹内

岩見隆夫岸信介』(人物文庫、学陽書房)を読んでいると、久野収の以下のような証言を発見した。

「ちょうどその頃、岸が安保反対派のインテリに『一席を設けお話を承りたい』と呼び掛けがありました。これに応じたのは、私が知ってる限りでは永井道雄(当時、東京工業大学助教授)でしょう。都留重人(当時、一橋大学教授)もそうかもしれない。ほかにも何人かいるはずです。ところでこの岸の呼び掛けの、本命は実は竹内さんなんだ。竹内さんが研究していた『大アジア主義』について話を聞き、筋金入りのファッショ主義を、当世風にもういっぺん洗い直したかったのだと思いますね。竹内さんも当然のことだが、この誘いには乗らなかった。後になって竹内さんから、岸から誘いがあったことを聞いた。彼は笑いながら、『ご辞退申しあげたね』といっていたことを覚えています」(146)

面白い話だが、なにぶん久野収の推測もまじっているので、ターゲットが確実に竹内だったとは断定できない。大日向一郎が日経新聞政治記者時代、「反安保だった文化人の人たちと会って、一度話をしたいな。ひとつ君、斡旋してくれないか」(143)と頼まれ、そのとき名前が挙がったのは都留であったということらしく、真相は微妙なところだろう。まあ、面白ければそれでよいのだが。