鈴木清順『東京流れ者』(1966)

東京流れ者(82分・35mm・カラー)
渡世の義理から離れようと旅に生きる“不死鳥の哲”を演じ、渡哲也の出世作となった一篇。鈴木清順の演出は、ドラマの流れよりもシーンごとの色使いや様式性に重きを置き、監督自身も、特に外国の観客に好まれる自作としてこの映画を挙げている。
’66(日活)(監)鈴木清順(原)(脚)川内康範(撮)峰重義(美)木村威夫(音)鏑木創(出)渡哲也、松原智恵子川地民夫二谷英明郷硏治、浜川智子、吉田毅、玉川伊佐男江角英明、北竜二、日野道夫、玉川駿太郎、緑川宏、長弘、久松洪介、柴田新三、木浦佑三

昨日の『刺青一代』の方が傑作だとは思うが、まるで写真のような構図の中に人物が収まっているカットの美意識には、相変わらずしびれさせられる。「東京流れ者」を歌う渡哲也の声も心地よい。でもコルトの射程距離が10メートルという設定は、如何にもやりすぎではないか。あと、二谷英明がかっこよい。
ところで鈴木清順監督作品を見ていると、ヌーヴェル・ヴァーグについて述べられた山田宏一の次のような文章が脳裏をよぎる。山田(ジャン・ルノワール)によると、「ヌーヴェル・ヴァーグは、突然起こった『新しい波』なのではなく、すでに使いふるされた技法、語りつくされた物語の新しい焼き直しにすぎなかった」のだという。

いまさら言うまでもないことだが、映画の魅惑は、何よりもまず、生理的、肉体的なイメージ(音響的感受性もふくめて)であって、観念的、抽象的なストーリーやテーマではない。いや、どんなテーマやストーリーでも、肉体的なイメージに昇華されなければ、映画的なエクスタシーに到達しえないのだ。観念的な主張や抽象的な叫びでは、映画にはならない。逆に言えば、映画は映画にしかすぎないのだから、映画以外のこと、あるいは映画以上のことをやっても――それがどんなに芸術的に野心的で意欲的であろうとも――映画的にはならないのである。アンドレ・バザンをはじめ、トリュフォーゴダールが、映画的な語り口すなわち文体(ステイル)を重視したのは、かならずしも内容より形式を重視したということではなく、文体こそ人間であり映画であるということ、形式が内容をきめるということ、映画の秘密はフォルムなのだということを単に言っただけのことだった。……(山田宏一『友よ 映画よ』1992:258−259)

正しい。友よ映画よ―わがヌーヴェル・ヴァーグ誌 (ちくま文庫)
おまけ。四方田犬彦『日本映画史100年』より。

鈴木はプログラム・ピクチャーの世界のなかでB級、つまり二本立ての左側のフィルムを撮り続けながら、マニエリズム的な表層性とグロテスクな奇想によって、シネフィルたちの偶像的存在と化した。『刺青一代』(一九六五)や『殺しの烙印』(一九六七)といった彼の作品では、原色の連鎖からなる異常な色彩や極度のクローズアップ、戯画的なまでに様式化された殺陣場面、さらにニヒリズムと終末観が渾然となって、異様な世界を形作っている。一九六八年に彼が難解な映画を作るという理由から、日活を一方的に解雇されると、シネフィルたちはデモ行進を行ない、これは日本のアンリ・ラングロワ事件であると騒ぎ立てた。(176)

たしかに難解なのか、たんに無意味なだけなのかは、よく分からないところがある。