欺かれる小市民階級
 格差や階級は学問界にもある。社会科学の上流学問はなんといっても歴史も古く、数理モデルなどで洗練された経済学だろう。それに対して社会学は、歴史も新しく、対象も雑多であやしげである。下流学問とはいわないまでも、せいぜい新興中流学問である。このような学問は、上流学問が残した領域を地味に開拓するか、後発性を逆手にとって、学問界の序列革命に打ってでるかの二つの道しかない。著者ピエール・ブ ルデューは、後者(学知の革命)の道を切り開いた20世紀最大の社会学者である。

 本書では、そうした社会学帝国主義が一般理論ではなく、住宅市場という今日的トピックを題材にして緻密(ちみつ)かつ過激に展開されている。

 住宅の供給や需要は融資や減税などによって左右されるように、国家によって構築されている。さらに住宅政策は、住宅会社や金融機関によって影響を受けている。顧客の需要は、住宅政策や供給側の戦略と対応しながら、個人の来歴などにもとづく嗜好(しこう)とのからみで社会的に創られる。そのありさまが、官僚や住宅メーカー、銀行それぞれの戦略とかけひき、住宅販売員の手練手管や不動産広告のあの手この手などにわたっての膨大なデータ分析により明らかにされる。そして、住宅市場が正統派経済学である新古典派経済学が前提とする自由な主体による合理的選択論(自らの効用や利潤を最大化する行為者)といかにかけはなれているかが仮借なく暴かれる。

 数学的な理論構成などによって学の高みにたつ正統派経済学は、住宅をめぐる需給活劇と小市民階級の悲惨への追い込みを覆い隠した無菌実験室での洗練さではないかという疑いは十分つたわってくる。住宅市場のなかで、夢を縮小させられ、欺かれ、ゆすり取られていくのが小市民階級であることを描いたくだり(第1部の結論)は、耐震強度偽装などの欠陥住宅問題の社会的所以(ゆえん)を知る意味で圧巻である。山田鋭夫渡辺純子訳。

 ◇P・Bourdeau。

藤原書店 3800円

評者・竹内 洋(関西大学教授)

(2006年4月24日 読売新聞)