成瀬巳喜男『杏っ子』(1958)

(109分・35mm・白黒)有名な作家(山村)の娘(香川)と結婚したために、劣等感に苛まれ、夫婦の暮らしまでをも荒廃させてゆく文学青年。成瀬の作品歴の中でも屈指のふがいない男を木村功が熱演した。木村が障子越しに老作家をじっと見つめるシーンの視線演出が痛ましい。
’58(東宝)(原)室生犀星(脚)田中澄江成瀬巳喜男(撮)玉井正夫(美)中古智(音)斎藤一郎(出)香川京子木村功山村聰小林桂樹、三井美奈、加東大介千秋実、太刀川洋一、佐原健二、夏川靜江、中村伸郎藤木悠中北千枝子

新文芸坐香川京子特集。さすがは成瀬、という出来映え。
父親の山村聰と同様、香川京子(杏子)も「人生のゴタゴタ、夫婦間のゴタゴタなんて、あって当たり前」という考え方で暮らしている。「結婚なんてそんなもの」というのが二人の人生哲学なのである。しかし香川京子の夫は限度を超えるほどのダメ人間で、結婚生活にしろ貧窮生活にしろ、香川の人生哲学が試されるほどの惨状に達している。この業の描き方が容赦ないほどの徹底具合で、庭を荒らす婿を見守る山村の姿に、非情なまでのニヒリズムを感じずにはいられない。
新妻の香川京子はとてもかわいらしい。日常生活を淡々とこなす演技も、これはこれで素晴らしい。