森田芳光『それから』(1985)

主演:松田優作藤谷美和子小林薫笠智衆中村嘉葎雄草笛光子風間杜夫、美保純 イッセー尾形羽賀研二
明治後期の東京。代助は30歳を過ぎても定職につかず結婚もしないで悠々と暮らしている。実業家の父たちはそんな彼の生活を援助するが、何かにつけて見合いの席を用意する。そこに、かつての親友平岡から東京に戻ると書かれた便りが届いた。だが平岡との再会は、かつて想いを寄せた三千代との再会を意味していた…。親友の妻への絶ちがたい想いに惑う男を描いた、夏目漱石原作の文芸映画。(CV)

松田優作藤谷美和子小林薫がすばらしい。知的エリートを自認する困った人たちが、職業上の地位、恋愛、知的優位性をめぐって、神経の消耗戦を展開する。こういう人たちは現在も存在することがありありと実感できるというか、カテゴライズするならば自分もそのなかに含まれる危険性が大であるというよりも当然そこに含まれるはずだとか、そういう困ったことはとりあえず措いておいて、鈴木清順ばりの異化効果がすばらしい作品世界を作りあげている。

「三十になって遊民として、のらくらしているのは、如何にも不体裁だな」
代助は決してのらくらしているとは思わない。ただ職業のために汚されない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考えているだけである。親爺がこんな事をいうたびに、実は気の毒になる。親爺の幼稚な頭脳には、かく有意義に月日を利用しつつある結果が、自己の思想情操の上に、結晶して吹き出しているのが、全く映らないのである。仕方がないから、真面目な顔をして、
「ええ、困ります」と答えた。(『それから』岩波文庫:37)

この映画(小説)は危険な映画です。三千代が花瓶の水を飲むシーンはなんとも謎めいていた。