フィルムセンターのロビーで座って待っていると、向こうから老人が「映画観ないの?」と近づいてきた。「いや、どうせすいているから、いちいち並ぶのも嫌だし」と答えると「なかなか全体状況見えてんじゃん」といきなり誉められた。「老人はダメだね。何にも考えずに馬鹿みたいに並んでさ」と言うので、あんたも老人だろと思って聞いていると、黄色のシャツにベレー帽の早口でたしかに普通の老人とはちょっと違う感じもする。「あんた今なにやってんの?働いてんの?遊んでんの?」と訊かれ、「まあ遊んでるみたいなもんだけど、これこれしかじか」というと「それじゃ行こうと思ったらどこでも行けるじゃん、世界中色んなところ行ったらいいんじゃん。オレ世界中いろんなとこ行ったぜ。ただし稼ぎに行ったわけじゃなく全部観光だ」と断言され、「オレはインド映画が好きなんだよ。ばかばかしいけど賑やかでしょ」ということだった。
なんだか調子が狂って人との距離が近くなってしまい、映画が終わって外に出たら警官がたくさんいたので、警官に「なんで集まってるんですか?」と聞いてみた。「いや、変質者がいるらしいんです」との答え。もしかしてその変質者は黄色のシャツを着ているんじゃないかと思ったが、私だって変質者みたいなものなので、急にこそこそとして帰ってきた。