英国病

今日読んだ本についてはコメントせず、おととい再読した本についてコメントする。森嶋通夫『イギリスと日本』(岩波新書、1977)。
イギリスの没落と日本の成長に、教育がどのように関与したかについて論じている。日本の方は、常識的な見方だが、語り口が面白い。

 量産に適した体制を日本が持つことができたのは、戦後の諸改革、なかでも教育の改革のおかげだと思います。日本の戦後の教育の目標は、アメリカ式に広い教養を大勢の人にもれなく施すことでした。エリート教育を避け、すべての人にほぼ同じ教育をする体制です。民主主義教育というのでしょうか。……
 こういう教育は、大量生産を目的とする近代工場制に適した教育なのです。近代工場制がうまく回転するためには、均質の労働者が多数存在しなければなりません。ある労働者は非常によいが、他の労働者は非常に悪いというような労働者群よりも、ほぼ同じ力をもった平均のとれた労働者群が必要なのです。こういう人をつくるには、平均人のための教育、すなわち、画一教育が必要です。(178)

 私は教育の水準、高さ自体はそれほど重要でないと思います。水準より、画一教育であるかどうかが問題です。たとえば明治の労働者と昭和の労働者を比較しますと、明治の小学校と現在の高校との違いだけ知識差があります。たとえば微積分を知っているとかいないとか。しかしこんなことは、労働者の生産力にほとんど影響しません。重要なことは、規律を保ってチームを組んで行動できる人間になっているかどうかであって、それさえできれば、あとは使用する機械によってほとんど生産力が決まるのです。(180)

後者の発言は、「あ〜あ、言っちゃった」というものだ。ということはつまり、普通科への進学熱が非常に高まった1960年代の日本社会においては、学歴への期待が上昇する反面、その現実的効果は学習内容のなかには存在しないという「捩じれ」があり、言ってしまえば、「学習そのものへの関心はないにもかかわらず、なぜだか頑張れてしまうエートス」の育成こそが、そこで真に狙われていたものだった、ということになる。だから、1970年代以降の教育問題は、非行とか校内暴力になったわけだ。
したがって、森嶋図式が正しいとするならば、「戦後教育システムは均質で勤勉な労働者を生み出すことに成功した」という結論になるわけだが、そうすると今度は、1960年代の文部省主導の「能力主義政策」の評価が微妙になる。そこで設置目標とされた複線的な教育制度は、結果的に普通科進学熱に押し切られるかたちでうまく実を結ばなかったのだが、それでは文部省が進めていた工業高校の設置などの施策が国民に受け入れられていた場合どうだったかと考えると、事態は相当に複雑になってしまう。森嶋図式を敷衍するならば、「とりあえず頑張れちゃうエートス」は、単線型教育システムがもたらす過度の競争のなかでこそ培われたということもいえるのであって、また工業高校を出たからといって「教育の水準、高さ自体はそれほど重要でない」とするならば(これはおおいにありうる話である)、文部省の「現実を見据えた」能力主義政策がほんとうに現実に合致していたかどうかは妖しく、また逆に、国民の「現実ばなれした」進学熱こそが意図せざる結果として、経済成長を突き進む日本社会に機能的であった、ということにもなりかねない。
暴走しすぎた。森嶋の議論に戻ろう。
森嶋の画一教育評価は、アイロニカルなものである。森嶋は英国病をもたらした完成教育が、「製造工業国を卒業する段階」においては、逆に優位性をもつようになると予測する。まずイギリス型の教育は、次のような意味で産業社会に逆機能的である。

 まず第一に、このように個性的に教育された学生は、官僚や、会社員のように大きい機構の歯車になってしまうことを欲しません。第二に、あまり立派な教育をしすぎると、学生は教育部門から出て行きたがりません。自分も大学に残るか、中学や高校の先生になって、同じような喜びを次の世代に与えたいと思うようになります。とくに大学で成績のよかった人ほどそう思うようになります。したがって、産業界や官界には大体の傾向として、大学で成績のよくなかった人が行くということになります。(186)

 日本では粗雑な教育をしているから、学生は何の未練もなく会社に就職します。頼りになるのは教育でなく、金であると信じるようになり、卒業後は、経済的幸福を求めて励みます。皮肉なことですが、日本の経済的成功は、安価な画一教育のおかげであり、英国の経済的失敗は贅をつくした個人教育のせいです。(186−187)

そして、このような過渡的近代の段階が終了すると、イギリス型教育の強みが発揮されるというわけだ。飛躍や理想化もないわけではないが、語り口は面白いし、何ほどかの真実も突いているように思えるのもたしかである。
それにしてもだ。近代社会として成熟し、ますます知識や発想が重要になった社会段階において、「個人教育」という本来エリート向けの教育を受けられない人々は、どのような教育システムに組み込まれるべきなのだろうか。しかも近代過渡期のように、学歴信仰が社会にひろく行き渡っていない状況なのだとすれば、学校教育はどのようにして、彼らの参加動機を調達することができるのだろうか。ひとつの方向性としては、学校教育と社会との機能的連関をますます密接なものとしていくことが考えられるが、しかしその内実がどのようなものであるべきかということは、まったく不透明なことであり、また何らかの制度設計がなされたとしても、それが意図されたとおりに機能するかどうかは、はなはだ心もとない。そもそも経済成長期の能力主義政策だって、上述のように、あるいは「意図せざる結果」としての機能性にすぎなかったかもしれないのだ。さらに臨教審以降の多様化路線も、「豊かな個性」などというマジックワードが一人歩きして、基本的に訳のわからないことになってしまっている。では、どうするのか?とりあえず議論は中断。