大衆教育社会についての問題意識

昨日、神田古本屋街の一誠堂書店で、マーク・ゲイン『ニッポン日記』(ちくま学芸文庫)を五百円、サン・シモン『産業者の教理問答』(岩波文庫)を三百円で、それぞれ購入した。とりわけ『ニッポン日記』は結構入手困難で、戦後研究にとっては欠かせない書物だけに嬉しい。またサン・シモンは2001年に出版されたばかりの文庫なのだが、「新キリスト教」が入っているのがめっぽう素敵だ。私にとって人生の喜びとは、古本屋で良書を発見することに尽きている。こう断言すると余りに単調な人生を送っているように思われるだろうが、実際に尽きているものは仕方が無いだろう。なお『ニッポン日記』については、徳田球一野坂参三石原莞爾橘孝三郎らの描写およびインタビューが大変に興味深いので、気が向けばここで紹介することもあると思う。
さて今日は、量的研究に向けた仮説設計についてあれこれと思案を巡らしていた。苅谷先生の『階層化日本と教育危機』などを参考にしつつ考えていたのだが、さしあたり明らかにしたいことは、「旧制高等学校卒のエリート意識」と「新制大学卒のエリート意識」との相違である。
竹内洋が「学歴貴族」と表現したように、旧制高等学校における学校文化は紛れも無く、西洋的教養を背景にした特権意識と強く結びついていた。しかし戦後になると大学進学率も増大し*1、「身分=平等主義」を建前とする社会意識が拡大するようになる。そうしたなか、「新制大学卒のエリート意識」は、不透明かつアンビバレントなものへと変化していった。つまり、戦後の教育現場では「能力主義的差別」を忌避する傾向が強まり(1960年代後半以降だったと思う)、「だれでも、がんばれば出来るのだ」という「心情的平等主義」が信憑されるようになっていったのだが、そのことが、素朴なエリート意識を否定的に見なす眼差しへと展開していったのである。たとえば、勉強ばかりしていると人格に問題が生じる、といった「学歴価値剥奪論」が広範に行き渡ったのは、その表われであろう。また職場において実力主義が徐々に浸透していったことも、卑屈なエリート意識の醸成に拍車をかけることになったと思われる。
以上をふまえ、今回の企画趣旨は、「旧制高等学校卒のエリート意識」と「新制高等学校卒のエリート意識」との相違を具体的なデータによって明らかにすること、である。
そこでまず問題となるのは、「新制大学卒のエリート」集団をどのように特定するかであろう。もちろん「旧制高等学校卒のエリート」を特定することは簡単である。この人達はエスカレーター式に旧帝大などへの進学を果たしたわけで、最終学歴が「旧帝大」の人々を選べばそれで済む。だが新制大学エリートの場合、大衆教育社会化によって大学が変質する以前/以後で分けなければ、「エリート」を析出できないはずだ。まずは大学進学率のグラフを横目に見つつ、1960年代のどの時点で区切るかを考える必要がありそうだ。さらに、大衆教育社会化以後のエリートについては、出身高校の大学進学率の質問項目によって、ある程度、析出が出来るのではないだろうか。
そのようにして旧制/新制エリートを特定出来たら、以下の項目をどんどんクロスさせていきたい。まず注目すべきなのは、「階層貴族意識」、「子どもにかける教育費」、「世帯収入」、「15歳時世帯収入」などである。さらに、「『学校』をどの程度信頼できるか」「『学者』『研究者』をどの程度信頼できるか」といった設問とクロスさせてみても、学校文化に対する肯定的意識/否定的意識の出方が分かり、興味深いだろう。
その後、メインの分析対象となるのは、「学歴は、本人の実力によってほぼ決まる」「学歴は、教育方針によってほぼ決まる」「学歴は、親の収入や資産などの経済的な状況によってほぼ決まる」「高い学歴を得れば、収入面で恵まれる」「子どもには、できるだけ高い学歴をつけさせることが重要だ」「同じ大卒でも、どの大学を出るかによって人生が大きく左右される」などの質問項目である。とくに、「だれでも、がんばれば出来る」という「心情的平等主義」は、「『生まれ』にもとづく差異がある」という「能力主義」の考え方とどのような関係に置かれていたのかは、気になる所だ。私が期待するのは、「心情的平等主義」を「建前」として捉えている人(=エリート)と、ベタに「本音」として捉えている人(=ノン・エリート)とが明確に分かれ、「やっぱりエリートにとっては「心情的平等主義」は建前だったのだね」という仮説が支持されるような結果が出てくることである。
なお他に注目したい質問項目は、「15歳時に住んでいた地域」「中3時成績」「仕事の紹介をしてもらったのは学校か?/それ以外か?」(⇔学校の再配分機能が、大衆教育社会以前/以後でどのようであったかが分かりそう)、「学校の意義はどのようなものか、特に意義なし/それ以外」、「英語読解力」などである。

*1:1960年代に増加したのだったと思う。1960年頃の大学進学率は一割程度だったと記憶する。