伊藤大輔『幕末』(1970)

(121分・35mm・カラー)映画人生50年目を迎えた伊藤の最後の監督作品。伊藤自身が舞台で演出した錦之助主演「竜馬がゆく」を映画化したもの。薩摩と長州両藩の連合・勢力拡大に協力し、大政奉還を進言した竜馬が、藩吏に追われ、暗殺されるまでを描いた大作。
'70(中村プロ)(監)(脚)伊藤大輔(原)司馬遼太郎(撮)山田一夫(美)伊藤寿一(音)佐藤勝(出)中村錦之助三船敏郎吉永小百合仲代達矢小林桂樹、中村賀津雄、江利チエミ山形勲神山繁江原真二郎仲谷昇、御木本伸介

何もかもがおそろしく不調和な作品。中村錦之助はヤクザの親分のような異色の龍馬を演じ、これだけでも相当ドキツイのに、中岡慎太郎仲代達矢後藤象二郎三船敏郎など、濃すぎて全員が浮いている。お竜の吉永小百合はそれなりに可憐で、風呂上りのシーンもそこそこセクシーな演出だったが(露出はほとんどない)、お歯黒を染めてからは、これもちょっとやりすぎだった*1
不調和なのはキャラクターだけではなく、チャンバラシーン、龍馬が語る左翼天皇制批判(象徴天皇制は是認、憲法愛国主義)もかなり異様である。チャンバラの場面では、首が転がりまくり、何も見えないほど瞬時のカット割りがなされる一方、冒頭シーンではあまりにスローな斬り合いが展開される(斬られる音も無音)。ラストシーンでは、異常なまでに断末魔が引き延ばされ、笑ってしまうほど(笑ってしまってよいのかどうか戸惑うほど)龍馬や中岡が倒れては立ち上がり、倒れては立ち上がりする(ゾンビだとしか思えない)。
ルソー『社会契約論』を片手に天皇論を説く龍馬は「狂ってしまったら自分を殺してくれ」と中岡に語るが、これは龍馬の実像からはかけ離れたものであり、そのモノローグもやたらと長大である。映画の形式が崩れてしまうほど(だから本作品は駄作の部類に入る)*2過剰な情念を前面に押し出す伊藤大輔。テロにも接続しうる極左魂が垣間見られた。

*1:それにしても吉永小百合は真面目すぎるというか貧乏くさい印象が強い。その魅力を認めたうえでの話だが。

*2:説明的な台詞が多すぎる。単純で安易な場面設定が多く、人件費以外の制作費はかなり抑えられているのではないか。