稲垣浩『柳生武芸帳 双龍秘剱』(1958)
「週刊新潮」連載中に評判を呼び、ベストセラーとなった五味康祐の小説の映画化。時は徳川三代将軍家光の頃、幕府の命運を左右し朝廷の安泰をも脅かすという武芸帳をめぐって、柳生一族と肥前の兵法者・山田浮月斎一派とが壮絶な死闘を演じる痛快時代劇。この武芸帳は柳生家、藪大納言、鍋島藩に一巻ずつ所蔵されていたが、その中の一巻が鍋島藩に恨みを持つ一族に渡ったところから、各陣営入り乱れての物語になってゆく。肥前の忍者兄弟に三船・鶴田の人気スターが扮し、彼らをめぐって恋の鞘当てや裏切り、隠密や刺客との駆け引きなどが繰り広げられるサービス満点、盛り沢山の映画である。
①柳生武芸帳(106分・35mm・カラー)
’57(東宝)(原)五味康祐(脚)稲垣浩、木村武(撮)飯村正(美)北猛夫、植田寛(音)伊福部昭(出)三船敏郎、鶴田浩二、久我美子、香川京子、岡田茉莉子、中村扇雀、大河内傳次郎、岩井半四郎、小堀明男、東野英治郎、平田昭彦、香川良介、戸上城太郎、上田吉二郎、左卜全、土屋嘉男
②柳生武芸帳 双龍秘剱(105分・35mm・カラー)
’58(東宝)(原)五味康祐(脚)稲垣浩、若尾紱平(撮)中井朝一(美)北猛夫、植田寛(音)伊福部昭(出)鶴田浩二、三船敏郎、乙羽信子、久我美子、岡田茉莉子、中村扇雀、大河内傳次郎、松本幸四郎、戸上城太郎、岩井半四郎、東野英治郎、上田吉二郎、小堀明男、左卜全、村上冬樹
忍者映画と岡田茉莉子。朝11時から『柳生武芸帳』を観る予定だったにもかかわらず、起きたのが11時。仕方なく2時から『柳生武芸帳 双龍秘剱』を観に行く。二部作構成であるため、最初のを寝過ごしたのには少々問題が残る。
1958年のカラー映画。冒頭の出演者紹介の映像からして妖しさに満ちている。ドライアイスが焚かれ、白煙が赤色のライトに染まる只中、眼を黄色に光らせた狛犬が鎮座する。そこはかとないB級映画の匂いに一瞬身構えるものの、中味は正統的な時代劇(忍者映画)だった。
一作目を観なかったものの、筋はすぐ理解できた。主人公は三船敏郎と鶴田浩二で、二人は忍び者の兄弟。柳生家の巻物三巻の行方が焦点となっている。実は柳生家の巻物はそれぞれ散逸しており、現在、別々の所有者のもとにあるというのだ。さらに三巻が同時に揃った暁には、幕府・朝廷を巻き込んだ、恐るべき真実が日の目にさらされるという。三船と鶴田はそれぞれ、巻物とそれを狙う忍者組織、および藩の勢力との闘いに巻き込まれていく。
筋を紹介しても仕方がないけれど、巻物にまつわる陰謀史観が興味深かった。徳川家は江戸幕府開設時、その勢力基盤を確立すべく、血生臭い権力工作を隠密のうちに謀った。それは武士に止まらず、朝廷関係者にも及ぶものであったために、幕府の正当性を揺るがす隠蔽すべき過去となったのだ。それ故、この事実を記した柳生所蔵の巻物は、政争をめぐる格好の陰謀の材料と成り得た。かくして、巻物をめぐって、虚無僧集団、妖術使い、忍者、武士、入り乱れての闇の闘いが繰り広げられたのだ。
出演女優は、久我美子、乙羽信子、岡田茉莉子ら。全員素晴らしく美人だが、私が好きなのは断然、岡田茉莉子。『縮図』(新藤兼人昭和28年)の乙羽信子も良かったが、やはり小津安二郎『秋日和』の岡田茉莉子の印象が私には決定的だった。『秋日和』の主演は原節子と司葉子だが、寿司屋のおきゃんな娘といった役どころの岡田の存在は、静かな精神的駆け引きの展開されるあの映画のなかでも、得難い開放性を帯びているのである。是非観るべし。
で、男優はやはり三船敏郎が良い。どちらかというと鶴田浩二が中心のストーリーなのだが、最後、弟の鶴田が柳生十三郎との果し合いに勝利し、しかし柳生家の手勢に囲まれ存亡の危機に立つ際、三船は馬でさっそうと加勢に駆けつけてくる。その時の殺陣の力感がまったく破格。夕暮れ時、鶴田に恋する岡田が、原っぱに向かって二人の名を呼ぶシーンで、映画は終了する。オレンジ色のライトがセット感を露わにしているが、いやいやどうして、忍者映画の傑作である。