『この厄介な国、中国』

岡田英弘熱が昂じて『この厄介な国、中国』(ワック文庫)を読了。軍事的に追い詰められた中国共産党が、中国国民党を陥れるべく蘆溝橋事件を仕掛けたのには、「指桑罵塊(しそうばかい)」(「本当の怒りの対照とはぜんぜん別のものを攻撃する」)という中国社会特有の原則が関係していた!「「謎の銃声」が、共産党エージェントの手によるものであることは、いまや専門家の間では周知の事実となっている」(40)。タモガミもビックリ。

  • 始皇帝による「文字の統一」は、儒家の語彙を固定化するかたちでなされたために、口語とはまったく関係のない過去の語法の丸暗記が中国文字文化のベースとなった。言語がバラバラであり、口語と文字を対応させることが事実上不可能だったため、そうなった。だから中国人に漢文は読めない。焚書坑儒も文字の語用法を「固定化」する一環だった。
  • 中国思想は百家争鳴以降、まったく進歩していない。感情の表現法も発展せず、20世紀まで洗練された恋愛感情は芽生えなかった。現代中国語は、魯迅が日本語を参考に創始した白話文によって、はじめて進歩した。
  • 黄巾の乱によって後漢帝国が崩壊して、漢族は絶滅。儒教も絶滅。中国人は本質的には道教徒。朱子学だって道教
  • 台湾では日本語が公用語となり国民国家化が実現しはじめたが、国民党が1945年以降日本語を禁止したために一旦オジャンになった。しかし北京中国語が浸透しているので、台湾は国民国家化が可能となった。ところが中国はサイズがでかすぎるので、国民国家化が不可能。言語の統一は不可能。(だから始皇帝は口語に依拠しない「漢文」を固定化するかたちで普遍化したのである。)中国の本質は「国民国家というベールをまとった皇帝システム」。すなわち秦漢帝国以来の商業システムというのが、権力機構の本質。
  • 道教の本質は秘密結社。弱みを見せては生きていけない「バルネラビリティの原理」が支配する中国において(中国山水画の仙境観は中国人における逃避願望の表れ)、個人を保護するのが、互助を目的とする秘密結社。「客家(ハッカ)」。
  • 黄巾の乱(184年)も太平道という結社。「五斗米道」も結社だが、「道教」はこの流れをくむ。五斗米道は215年、曹操の軍門に下ったが、曹宇によって保護された(魏朝)。曹宇の妻は張魯の娘。
  • 「実は現在の道教は、この五斗米道の流れを汲むものである。/では、なぜ道教老子が結び付くようになったのか――実は、これもまた言語問題である。秘密結社が規模を拡大すると、やはり言語の壁にぶち当たる。各支部に指令を下したり、支部からの報告を受けるときには、必然的に文書のやりとりが行われることになるからである。/そこで五斗米道が採用したテキストが『老子』であった。始皇帝の発想と同じで、『老子』を読誦させることで、文字とその使い方を覚えさせるというのが真相であった。」(211)蔡倫が紙を発明して(105年)、秘密結社が大規模化?
  • 都市の膨張と経済成長の停滞。このサイクルによって貧民の不満が爆発し、反乱が起きるというのが中国のパターン。フビライ・ハーンが大運河を建設し、人口集中と経済発展。その後、白蓮教の紅巾の乱、洪武帝の明建国。清の乾隆帝の末期、義和団の乱。これも秘密結社。孫文中国国民党も、客家系秘密結社の力を活用。1927年、朱徳、賀龍の南昌蜂起(中国共産党の起源)。賀龍も湖南省の秘密結社員。
  • 「中国の秘密結社は、古くは道教を作り出し、また政治をも動かしてきた巨大な存在である。皇帝制度が表の中国とすれば、秘密結社は裏の中国であり、この両者が表裏一体となって、初めて本物の「中国」となるのである。」(226

史記』流の正統史観(王朝交替史観)が何とかならないものかと思って、溝口他著『中国思想史』(東大出版会)なども読んでみたのだが、この本のほうが圧倒的に腑に落ちるものがある。一見、トンデモ本の匂いがプンプンしているが、実は本質を突いた知的読み物だと思う。

この厄介な国、中国 (ワック文庫)

この厄介な国、中国 (ワック文庫)