成瀬巳喜男『おかあさん』(1952)

seiwa2005-10-09

フィルムセンターで、成瀬監督『おかあさん』(1952)を鑑賞。

おかあさん(98分・35mm・白黒)
戦災で焼け出されたクリーニング店を再び盛り上げようと、夫や息子を失いつつも懸命に生きる母(田中)、とその姿を見つめる娘(香川)。小学生の作文から着想されたホームドラマで、悲哀の中にユーモラスな表現もにじませた構成は、松竹蒲田時代への回帰も感じさせる。
’52(新東宝)(脚)水木洋子(撮)鈴木博(美)加藤雅俊(音)齊藤一郎(出)田中絹代香川京子岡田英次片山明彦、加東大介、鳥羽陽之助、三島雅夫中北千枝子、三好榮子、一の宮あつ子、本間文子、澤村貞子

第18回東京国際映画祭のパンフレットの紹介文から引用。

下町に暮らす一家が、数々の困難にもめげず明るく生きる姿を描く。福原家では、戦災で失ったクリーニング店を再開した矢先、父・良作が病に倒れてしまう。母・正子(田中)は女手ひとつで慣れぬ店を切り盛りすることになったが…。生涯独身を貫いた田中絹代が、母の哀歓を演じきった傑作中の傑作!

毎回のことだが、やはり名作。フィルムセンターの紹介文によると、「小学生の作文から着想されたホームドラマで、悲哀の中にユーモラスな表現もにじませた構成は、松竹蒲田時代への回帰も感じさせる」ということらしい。たしかに、人間のサガを裏の裏まで見透かしたような、いつもの酷薄さはなく、どちらかといえば、ほんわかした雰囲気が漂っている作品である。小津の映画にも、少し似ているような気がする。
とはいいつつ、この映画では悲しい出来事がたくさん起きているのだから、やはり油断がならない。兄は死ぬし、父は死ぬし、妹は養子に出されてしまう。それなのに、映画全体の雰囲気は、それほど暗い感じがしないのである。たしかに、「(兄、療養所を抜け出してきて、母の手を握り)ああ安心した…」、「(父、死ぬ間際に)入院する金なんてどこにあるんだ…」というセリフがあったように、死はかならずしも非日常の出来事とはいえない。むしろ、日常のなかで緩やかに迎え入れられることの方が普通である。それに「養子別れ」といっても、悲しいのは事実だが、そこから拡がる未来への希望もないわけではない。だとすれば、生活のリアリティは、死や苦しみの劇的な乗り越えにばかり存在するものではない、ということになろう。楽しいこともつらいことも入り混じった日々の生活を、少しでも明るく生きていくという意欲――これこそが、生活の基調に置かれるべきリアリティとなるのである。そういう前向きな意志のなかに、「死」や「別れ」や「苦労」が位置づけられてはじめて、「哀歓」のリアルな表現も可能となるのであろう。
加東大介も好演だったが、見てのとおり、香川京子がかわいらしい。10月26日、渋谷Bunkamuraのル・シネマ1で、香川のトークショー付きの上映があるようだ。それから、田中絹代香川京子は鼻筋のあたりが似ていて、たしかに親子のようである。そういえば、私の大好きな溝口健二『山椒太夫』(1954)でも、二人は親子役なのであった。